"毎日パンを持ち帰る少女" 第5話
「昨もたし、今もたし、来週もるよ。献表だってあるんだから」
節子が台所から「美」とたしなめたが、女は止まらなかった。
「学が嘘つくわけないでしょう?」
正蔵はしばらく黙っていた。
やがてパンを聞へ戻し、ぽつりと言った。
「そういうもんか」
美は言い過ぎたような気がした。
しかし、その夜も祖父は何も話さなかった。
正蔵が本当に覚えていたのは、昭20のだった。
終戦から数か。
京の焼け跡にはまだ空きが広がり、物資はりず、配だけではの腹を満たせなかった。正蔵は妻と幼い娘を連れて親戚を頼り、この町へ移ってきたばかりだった。
当5歳だった娘が、節子である。
ある寒い夜、節子が布団ので泣いた。
「おなかすいた」
正蔵は聞こえないふりをした。
「お父ちゃん、おなかすいた」
妻が台所へったが、米びつには何もなかった。芋もなく、昼に煮た根の汁が鍋の底にわずかに残っているだけだった。
正蔵は所へをげにこうとした。
しかし、所のにもべ物がないことは分かっていた。
それでも娘が泣く声に耐えられず、夜を歩いた。
何軒か回った末、りいの農からさなサツマイモを本分けてもらった。代わりに、妻が切にしていた帯を渡した。
へ戻ると、妻はその芋をく切り、きな鍋いっぱいの湯で煮た。
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節子はになってべた。
さな皿に載った数切れの芋を、まるでご馳のように。
正蔵は自分の分を娘へ渡した。
翌朝、空腹で目を覚ました、正蔵は初めて「この子を育てきれないかもしれない」とった。
その記憶を、彼は誰にも話さなかった。
妻がくなってからはなおさらだった。
戦争が終わり、世のが豊かになっていくにつれ、々は昔のことを語らなくなった。
正蔵自も語ろうとはしなかった。
ただ、べ物を捨てることだけは許せなかった。
米粒を茶碗に残せばった。
芋の皮をく剥けば注した。
節子がパンを買ってきてしくなっただけで捨てようとすると、「焼けばえる」と言った。
美には、ただの頑固な老に見えていた。
けれど正蔵のでは、20くのがまだ終わっていなかった。
孫が「学で毎パンがる」と言った、正蔵が最初にじたのはびではなかった。
恐怖だった。
そんな話を信じてしまっていいのか。
本当に毎べられる代になったのか。
突然なくなることはないのか。
自分の娘が泣いた夜のようなことが、もう孫には起こらないのか。
だから正蔵は、パンを見た。
だけではりなかった。
でもりなかった。
週でも信じきれなかった。
昨もある。
今もある。
もある。
それを何度も確かめなければ、どうしてもできなかった。
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梅入りがづいた頃、学ではについて保護者から苦が寄せられた。子どもが持ち帰ったパンを翌朝べて腹を壊したという話があり、から「は原則として内でべるよう徹底してください」と職員会議で注があった。芳はその言葉を聞いた瞬、美のことをいした。
翌の昼休み、芳は美を職員へ呼んだ。
「原さん、し困ったことになったの」
美は事を聞くと、すぐに顔を伏せた。
「もう持って帰っちゃだめですか」
「決まりだからね」
「……はい」
女は素直に頷いた。
だが、そのの帰り際、教の入で何度も振り返った。
「先」
「なあに?」
「おじいちゃんに、何て言えばいいですか」
「今は全部べたって言えばいいんじゃない?」
「でも、また『本当か』って言います」
芳は笑おうとしたが、美の顔があまりに真剣なのでできなかった。
「先から話したことにしてもいいわよ」
「先が?」
「学の決まりで持って帰れなくなりました、って」
美はしばらく考えてから頷いた。
その翌から、美はパンを全部べるようになった。
ところが3目の昼、普段ならよくべるスープをし残した。
4目には授業ぼんやり窓のを見ていた。
芳が声をかけても「何でもありません」と答えるだけだった。
曜の放課、ついに美が言った。
「おじいちゃん、昨から何回も聞くんです」