"帰国した僕を待っていたボロ家" 第5話
「あんたのお母さん、こんなことまで言ったんだよ。『同じ嫁でも、く暮らさないとの腹のまでは分からない』って。苗さん、その言葉を聞いただけは顔が真っになっていたよ」
健は俯いた。
アメリカから母へ話するたび、何度も同じことを頼んでいた。
自分のいない、苗と勇気を頼む。
その言葉に、よしえはいつも「配するな」と答えていた。
「兄は……兄は何をしていたんですか」
文は苦しそうに息を吐いた。
「達也さんは、ほとんど何も言わなかったよ。美紀が興奮しているから落ち着いたら話そう、そればかりだった。苗さんの方もしなければ、警察を呼ぼうとも言わなかった」
そのの夜、激しいがった。い言い争いの末、美紀は「盗んでいないと言い張るなら今すぐていけ」と苗へ言い、よしえまで「しばらくどこかへっていなさい」とにした。それが事実の追放であることを、そこにいた全員が理解していた。
苗はきな荷物を持たなかった。自分と勇気の着替え、学用品、数冊の本をさな旅鞄へ詰めただけだった。ので鳴り声が続く、勇気は母親のの裾を握り、何度も祖母の顔を見ていたという。
文はのをていくに気づき、傘を持って追いかけた。灯ので苗は片に旅鞄を持ち、もう片方ので勇気のをく握っていた。
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ズボンの裾まで濡れていたため、文は自宅に泊まるよう勧めたが、苗は首を横に振った。
「おばさんまで巻き込みたくありません。私は働けます。勇気は、私がちゃんと育てますから」
文が活費を入れた封筒を渡そうとすると、苗は必最限だけを受け取り、残りを返した。それでも最まで義理の族を悪く言わず、へるに度だけ築のを振り返ったという。
「あんたが帰ってきたら、あのでで暮らすんだって、本当に楽しみにしていたんだよ」
文の声が震えた。
健のには、自分が何度もい描いた景が浮かんだ。苗がしい台所にち、勇気が庭をり、母が当たりのいいリビングでお茶をむ。そのために働いているつもりだった。
実際には、そのから最初に追いされたのが妻と息子だった。
「その、どこへったかっていますか」
文はのへ入り、古い財布から何度も折り畳まれたメモを持って戻ってきた。
「苗さんが預けていったんだよ。もしあんたが帰ってきて、を見つけられなかったら渡してほしいって」
そこにかれていたのは、岐阜県内でもかられた所の所だった。文字は、健が何度も受け取った苗のと同じだった。
健のが震えた。
妻は、追いされたそのでさえ考えていたのだ。
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いつか夫が帰ってきた、自分たちを見つけられるように。
文のをた健は、そのまま実へ戻らなかった。呼んだに乗り、メモにかれた所を運転へ見せると、「かなり郊ですね。最はが入れないかもしれません」と言われた。健は構わないと答え、窓のを流れる田畑を黙って見つめた。
移、彼は7の送履歴をい返していた。の画面に「送完」と表示されるたび、夫として父親としてやるべきことをしているとしていた。苗へ直接送らず、母に族全体のを管理させたことも、自分では最善の方法だとっていた。
を信じたこと自体が違いだったとはわない。しかしするがどんな顔で暮らしているのか、自分の目で確認しようとしなかったことには責任がある。事業座の残は毎のように確認したのに、妻の声がなぜ疲れていったのかは確かめなかった。
約分、は細い川沿いので止まった。そこから先は台が通るのも難しいになっており、健は価な革靴がで汚れることも気にせず歩いた。番を確認するたび、違った所であってほしい気持ちと、どうかがここにいてほしい気持ちが交互に押し寄せた。
そして、の突き当たりにあのプレハブ宅を見つけた。
苗がいた。
勇気もいた。