"帰国した僕を待っていたボロ家" 第1話
健は、古びた網のでを止めた。岐阜県の部からさらにれた、細い川沿いのの突き当たりに、錆びたプレハブ宅が軒だけ建っていた。壁はところどころ茶く変し、根の片側には漏りを防ぐためらしい青い防シートが何枚もねられている。7、アメリカで族のために働いてきた健が、妻と息子の暮らす所として度も像したことのないだった。
の脇では、の女性が濡れた薪を焚き台にくべていた。煙が目に入ったのか、女性は咳き込みながらの甲で目元をぬぐい、が消えないよう腰をかがめて薪の位置を直している。その横顔を見た瞬、健の胸の奥で何かがきく揺れた。7、部国際空港で自分を見送った妻、苗だった。
あの頃の苗は、肩まで伸ばした髪を丁寧にまとめ、いつもく化粧をしていた。今は頬がしこけ、無造作に束ねた髪のからいものまで見え、エプロンから伸びたには細かな傷とひび割れがあった。ほんの数まで、健は築のきなで妻と息子が自分の帰りを待っていると信じていた。その確信が、目のの景によって音もなく崩れ始めていた。
しれたところには、学くらいのがいた。のジャージの膝にはさな当て布が縫い付けられ、ランドセルから取りした問題集の破れたページを透テープで丁寧に補修している。
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幼い頃、携帯話の画面に向かって「パパ」と呼んでくれた息子の勇気に違いなかった。
健はに持っていた黒い旅鞄の取っを、指がくなるほどく握った。ロサンゼルスで会社を育て、産を増やし、今では本円にすれば数億円を超える資産を持っている。それなのに、自分が何より守りたかったは、息子の問題集冊を捨てずに補修しなければならない暮らしをしていた。
なぜ、こんなことになっている。
答えを求めるよりく、健の記憶は7のへと戻っていった。
当29歳だった健は、古い旅鞄つを引きながら部国際空港の発ロビーにっていた。鞄のに入っていたのは、シャツ数枚と作業着、髭剃り、渡航関係の類、それから族で撮った写真だけだった。父親がくなった、岐阜の実には修繕が必な箇所が増え、母のよしえも腰を悪くし始めていた。
兄の達也も同じで暮らしていたが、当は仕事が定していなかった。達也の妻である美紀も計に余裕があるわけではなく、古いを規模に直す資など誰にもなかった。健がアメリカへくことを決めたのは、成功者になりたかったからではない。妻と幼い息子、そして母親に、しでも楽な活をさせたいとったからだった。
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国審査へ向かう直、健は何度も振り返った。苗は泣かないよう唇を噛み、まだ幼かった勇気を胸に抱いていた。健は列をれてのもとへ戻り、妻の肩をく抱いた。
「しだけ待っていてくれ。必ず帰ってくる。苗と勇気、それに母さんを、今よりずっと楽にしてやるから」
苗は何も言わず、さく頷いた。健は眠っている息子の頬にづけをし、今度こそ振り返らずに歩こうとしたが、それでも数歩むたびにが止まった。
そのの健はらなかった。
自分が「族を守るため」と信じて選んだ7が、最も切なを、族ので孤させるにもなることを。
ロサンゼルスに着いた最初のは、健が像していた以に厳しかった。英語は常会話でも詰まることがあり、頼れるもほとんどいなかったため、昼は系企業が請け負う商業施設の設備の現で補助作業員として働き、夜はリトル京のさな堂で皿洗いをした。夜に仕事を終え、数で借りた狭い部へ戻る頃には、腰を伸ばすことすらつらいもあった。
それでもシャワーを浴びると、健は必ず携帯話を確認した。苗から送られてくるい画ので、勇気はいつのにかちがり、やがて覚束ない取りで歩き、「パパ」
と呼ぶようになった。