"私の名前を消した夫" 第2話
「消したんじゃない」
尚弥は苛ったように息を吐いた。
「君はにるのが得じゃないだろ。普段スタジオに閉じこもって図面ばかり描いているし、マスコミの質問にも慣れていない。優は広報畑だ。投資が何を聞きたがっているか理解している」
「投資が聞きたい物語って、私が設計した病棟を優が設計したことにする物語?」
尚弥の顎が固くなった。
「肩きを貸すだけだ」
「肩き?」
「特許そのものは君の名義だ。それでいいだろう。会社として利益を最化するために、表にるを変えただけだ」
しおりは夫の顔をしばらく見つめていた。
過3か、彼女はこのプロジェクトの図面を完成させるため、毎ほとんど眠っていなかった。
最の設計修正を終えたけ方には、製図台のへ血が落ちた。
それでもを止めなかった。
さらに、資繰りに苦しむ尚弥から「この事を取れなければ会社が終わる」とをげられ、祖父から受け継いだ絵画を売却した。
売却額は5億円。
全額を、プロジェクトの初期資として入れた。
その男が今、自分に向かって言っている。
もっと広い野を持て、と。
しおりはハンドバッグのにある分い類へ指を触れた。
特許無償使用許。
本来は今の式典、尚弥への祝いとして署名するつもりだった。
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「優が胸につけているバッジ」
しおりは言った。
「私のよね」
「ただの入証だ」
尚弥は計を見た。
「あとで返させる。今はもうへ帰れ。夕は好きなを取ってやる。欲しいバッグでも宝でも買えばいい」
しおりは答えなかった。
代わりに、突然尋ねた。
「B区域の換気管。第3改訂版では荷余裕率をいくつに変更した?」
尚弥のが止まった。
「何の話だ」
「優に設計者を演じさせるため、台本を覚えさせたんでしょう。でもそのページまでは教えていないみたいね」
尚弥の顔が変わった。
しおりは静かに続けた。
「圧制御の変数も、あなた自が理解していないものね」
「しおり」
尚弥の声がくなった。
「今ここで騒いで、このプロジェクトを壊してみろ。絶対に許さない」
「私は騒がないわ」
その、会からきな拍が聞こえた。
巨スクリーンに文字が映しされる。
――京国際リハビリテーション医療センター設計デザインディレクター 相原優
優が台へがった。
「このプロジェクトの初期段階から、私は医療空の能性とらしい温かさをどう共させるか、毎考えてまいりました」
よく通る声だった。
会から拍が起こった。
しおりは黄い規制線のから、スクリーンに映る優の顔を見ていた。
そして警備員へ言った。
「もう入らないからして」
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背を向ける。
交差点まで歩いたところで、しおりは1本の話をかけた。
「佐藤先。神崎しおりです」
「はい」
「以作っていただいた特許無償使用許」
信号が青へ変わった。
「廃棄してください」
話の向こうで、弁護士が息を呑んだ。
「しかし、あの許がなければからの本事に――」
「それからもう1つ」
しおりはへをげ、タクシーを止めた。
「特許使用終通を準備してください。今15までに、藤堂グループ、京都、都備局の担当者全員へ届くように」
のドアが閉まった。
窓の向こうでは、まだ盛な拍が鳴っていた。
しおりは度も振り返らなかった。
自宅へ戻ると、しおりは照をつけなかった。
ハイヒールを脱ぎ、暗い廊を裸のまま歩いて、奥のスタジオへ入った。
ブラインドの隙から入る午のが、広い製図机のを細く横切っていた。
机には、医療センターの図面が何枚もなっている。
独圧病棟。
術区域。
空調経。
エアロック。
非常用源。
患者線と医療スタッフの線を交差させないため、何度も描き直した設計だった。
しおりは机の角にを置いた。
突然、胃がく痙攣した。
3か続いた眠で、最は何もべていなくても吐き気がることがあった。
歯をいしばり、波が引くのを待つ。
顔をげると、正面の壁に角くの違う跡が残っていた。
そこには3かまで、祖父から譲り受けた魁夷の絵が掛かっていた。