"新幹線の日、父は駅弁を売らなかった" 第3話
妻をくした直でさえ、数休んだにはまたホームへった。
そんな男が、本が注目するにだけ、
「今は売らない」
と言った。
何か別の理由があるような気がしてきた。
へ戻ると、玄関はいていた。
「親父?」
返事はなかった。
奥へむ。
居の卓袱台には、朝に父がんでいた茶が残っていた。
すっかりめていた。
その隣に、1枚の刻表が置かれていた。
夫はに取った。
今のものではない。
は黄ばみ、何度も折り畳んだ跡がついていた。端は擦り切れ、部の文字はくなっている。
かなり昔のものだった。
「何だ、これ……」
夫が広げると、1か所だけ赤鉛で丸がついていた。
り普通列。
午1112分着。
その数字を見た瞬、夫の記憶の奥で何かがいた。
子どもの頃、父が何度か話していた刻だった。
「昔はな、1112分のりが番忙しかった」
「まるはいが、弁当も茶もよく売れた」
「発ベルが鳴っても窓からをす客がおってな」
夫は急いで今の刻表をい浮かべた。
その刻に、同じ列はない。
幹線業に伴うダイヤ改正で、くってきた列の部は系統ごと組み替えられた。
列そのものが世のから完全に消えるわけではない。
けれど、父が何も「1112分のり」と呼んできた列は、今を境に同じ形では来なくなる。
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夫は古い刻表を握った。
壁の計を見た。
11がい。
「まさか……」
夫はをびした。
駅までのを、夫は急いだ。
祝賀の旗がに揺れていた。
商のラジオからは幹線業のニュースが流れ、通りでは誰かが「京から阪まで4だってな」と話していた。
そんな未来の話を横目に、夫は古い刻表を握ったまま駅へ向かった。
改札を抜ける。
ホームを見回す。
そして番端に、父の背を見つけた。
栄吉はでっていた。
箱はない。
いつも仕事のにかぶる子もない。
ただ両をろで組み、線の向こうを見つめていた。
夫はすぐには声をかけられなかった。
朝、で見た父とはし違って見えた。
頑固にを閉めた男ではない。
何かを待つためだけに、ここへ来た老の背だった。
やがてくから列の音がづいてきた。
古い普通列が、ゆっくりホームへ入ってくる。
幹線業の祝賀とは無縁の両だった。
窓はし曇り、体にはってきた汚れが残っている。
ホームにいる客もくない。
数がり、何かが乗り込む。
いつもの駅の、いつもの景。
けれど栄吉にとってだけは、いつもと違う。
父は列を見つめたままかなかった。
いつもなら、
「弁当、お弁当です――」
と声を張るだった。
だが今は箱すら持っていない。
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客へづこうともしない。
ただ窓をつつ目で追っていた。
発ベルが鳴った。
ドアが閉まる。
輪がきしみ、列がゆっくりき始める。
栄吉は半歩だけへた。
そのまま最尾が見えなくなるまで、線の先を見つめていた。
夫はようやく声をした。
「親父」
栄吉は振り向かなかった。
「にこれがあった」
夫は古い刻表を見せた。
赤鉛で囲まれた1112分。
父はそれを見てから、さく息を吐いた。
「持ってきたのか」
「何でこの列なんだよ」
栄吉はしばらく答えなかった。
ホームにはのが流れていた。
向こう側では駅員がしい刻表を直し、乗客が業記の聞を広げていた。
しい代が始まったその所で、栄吉だけが今った古い列の方を見ていた。
「この列な」
やがて父がをいた。
「20くらいの、ここでおの母さんに会ったんだ」
夫は息を止めた。
「母さんに?」
。
夫の母。
6、病気でくなった。
夫にとって母は、いつも台所にいただった。
朝く起き、父より先に弁当の支度を始める。
煮物のを見て、玉子焼きを巻き、売の帳面をつける。
父と喧嘩をしても、夕方には何事もなかったように茶を入れる。
よく働き、よく笑うだった。
だが、父と母がどこでりったのか、夫は詳しく聞いたことがなかった。
「ここで?」
「ああ」
栄吉は線の先を見ながら頷いた。
「終戦の翌だった」
戦争が終わり、世のの全てがまだ落ち着いていなかった頃。