"新幹線の日、父は駅弁を売らなかった" 第1話
昭39101。
その朝、本がいつもよりしく目を覚ましたようだった。京と阪を結ぶ幹線が、いよいより始めるだったからだ。
テレビのあるには所のまで集まり、黒画面に映る京駅をい入るように見つめていた。細いい体がゆっくりき始めると、も子どももわず歓声をげた。
「の超特急」
聞もラジオも、朝からその言葉を何度も繰り返していた。戦争が終わってから20も経っていない本で、京から阪まで数で結ばれるという話は、くのにとって未来そのものだった。
静岡県内にあるさな駅にも、その揚した空気は届いていた。
駅には業を祝う旗が並び、駅員たちはしくなった刻表をに、何度も列の到着刻を確かめていた。売には普段よりく菓子や産物が積まれ、朝から聞を買い求める客が絶えなかった。
もっとも、その駅に幹線がまるわけではない。
くを速でるい体を直接見ることはできなかった。それでも、をる列の刻はきく変わり、く親しまれてきた普通列や急の部も理されることになっていた。
誰もがでは「便利になる」と言いながら、駅のホームにはどこか落ち着かない空気も漂っていた。
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その駅で30、駅弁を売ってきた男がいた。
田栄吉、58歳。
戦からホームにち、箱を肩から提げて、
「弁当、お弁当です――」
と声を張ってきた。
若い頃は列が着くたびにホームを駆けるように歩いた。窓からを乗りしてを挙げる客を見つければ素くづき、弁当と代を交換し、発ベルが鳴れば次の両へった。
30も続けていると、栄吉は列だけでなく乗客まで覚えていた。
毎週曜の朝に幕の内を買う会社員。
張帰りには必ず鯛めしを2つ買って帰る男。
子どものためにいなり寿司を頼む母親。
汽の発刻だけではない。どの列ならがいか、どの季節にどの弁当がよく売れるか、のには何個ほど売れ残るかまで、栄吉のには入っていた。
男の夫は27歳だった。
夫も父の仕事を伝っていたが、考え方はずいぶん違っていた。
「これからは幹線の代だよ」
何度もそうにした。
「の流れが変わる。駅だって変わる。駅弁だって、今までみたいにホームを歩くだけじゃ駄目になる」
夫はしいものを嫌わなかった。
むしろ、変わらなければ父の仕事そのものがなくなってしまうとっていた。
駅の売を改装し、弁当を並べる専用のカウンターを作る話もていた。列が着くたび箱を担いでらなくても、乗客が売まで来て買えるようにする。
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夫はそれを好だとった。
父が30守ってきた仕事を、代にわせた形で残したい。
それが息子なりの親孝だった。
だが、栄吉は夫の話を聞いても、はっきり賛成も反対もしなかった。
「まあ、代は変わるんだろうな」
いつも、それだけだった。
その言い方が夫には気に入らなかった。
まるで自分には関係がないことのように聞こえたからだ。
そして幹線業当の朝。
夫は、父の態度にとうとうできなくなった。
には炊きたての飯があった。
煮物も来ていた。
玉子焼きも焼きがっていた。
妻を6にくしてから、栄吉は義妹に伝ってもらいながら毎朝同じ刻に仕込みを続けてきた。そのも、材の準備だけを見れば普段と何も変わらなかった。
ところが、箱のは空だった。
弁当が1つも詰められていない。
簾もがっていなかった。
「親父」
夫は奥にいる父を見つけた。
栄吉は卓袱台のに座り、古びた腕計を見ていた。
「何してるんだ。もう駅へ持っていかないとにわないぞ」
栄吉は顔をげなかった。
「今は売らない」
夫は瞬、聞き違えたのかとった。
「何だって?」
「今は駅へない」
ようやく栄吉が夫を見た。
その顔はっているわけでも、具が悪そうなわけでもなかった。
ただ、すでに決めている顔だった。
「今が番事なじゃないか」
夫の声がしきくなった。
「本が幹線だって騒いでるんだぞ。