"「母さん、車に乗れないから来なくていい」――家族に捨てられた母と消えた1200万円" 第3話
午9の迎え
午8半を過ぎた田駅には、刺すような気が流れ込んでいた。私はキャリーケースの持ちを両で握り、い息を吐きながらタクシー乗りへ向かった。
駅から10分ほどの古いマンションは、夫が、将来のために購入したさな部だった。3かにの入居者が退してから空になっており、尚弥たちは「古い物件だから、いずれ処分した方がいい」と繰り返していた。
鍵をけると、えた空気とい埃の匂いが迎えた。が効くまでコートを脱げず、台所で沸かした湯を両で包んだ。京のより狭く、具もほとんどない。それでも、誰かに追いされる配のない部だった。
蔵庫は空で、カーテンを引くと窓枠に細かな埃が残った。それでも、廊の音にを固くする必も、恵理の嫌を読んで物音をさくする必もない。私はキャリーケースを部の央へ置き、内側から鍵をかけた。属音が響いた、胸の奥に残っていた恐怖が、初めて側へ締めされた気がした。
私はさなテーブルに、持ちした類を付順に並べた。介護認定申請のきには、私が歩に何度も転倒し、銭管理もできないと記載されている。しかし私はこの5、4分の費と公共料を管理し、1円の遅れもしていない。
広告
そのから、青葉メンタルクリニックの名が入った見がてきた。診察は1214。度の認能が認められ、単独活は困難とかれている。
私はその、青葉メンタルクリニックどころか京をてもいない。帳には、午10に翔太の者面談へ席し、午3に美咲を科へ連れていった記録がある。領収も残っており、科の受付票には私の署名があった。
さらに、田のマンションの査定には1860万円という数字が印刷され、黄い付箋が貼られていた。
《11入所、本の実印で委任状。末までに売買契約》
私は付箋を撮し、写真と恵理のメッセージを複数の保先へ送った。それから、1かにの無料相談で会った佐藤弁護士へメールを作成した。当は1200万円の記録を確認したいという相談だけだったが、佐藤は「通帳や権利証だけは、ご自分で管理してください」とを押してくれていた。
資料を添付して送信すると、10分もしないうちに話がかかってきた。
「林さん、今夜は誰が来てもドアをけないでください。の朝、まず施設と役所に確認します。こちらでも産関係の資料を調べます」
落ち着いた声を聞き、張りつめていた肩からしだけ力が抜けた。私は玄関の補助錠をかけ、キャリーケースから夫の写真を取りした。
その夜はほとんど眠れなかった。午858分、枕元のスマートフォンが鳴り、らない局番が表示された。佐藤に言われた通り録音を始してから話にると、女性が丁寧な調で名乗った。
「ケアホームでございます。ご自宅にお迎えのが到着しておりますが、ご本が見当たらないと、ご族から連絡がありまして」
私は計が午9に変わるのを見ながら、はっきりと答えた。
「私は入所にも見学にも同していません。その話は、誰から聞いたのですか」
話の向こうで類をめくる音が止まった。
「娘様からです。ご本は度の認症で、説しても理解できない状態だと……」
私に娘はいない。