"「母さん、車に乗れないから来なくていい」――家族に捨てられた母と消えた1200万円" 第2話
病気にされた母
幹線は夜の京を抜け、窓のに細いの列を残してっていた。私は指定席12Aでスマートフォンをに当てたまま、恵子の言葉をすぐには理解できなかった。
「私が入院しているって、いつから聞いていたの?」
「の頃よ。物忘れが急にんで、に会わせられる状態ではないって。のお彼岸に話したも、病院にいるから取り次げないと言われたわ」
私には恵子から話があった記憶がない。尚弥たちは、私に親戚からの連絡を渡さず、親戚には私が正常に話せないと説していたのだ。
い返せば、から法事にも親族の集まりにも呼ばれなくなっていた。そのたびに恵理は「齢者がっても疲れるだけです」と言い、私は自分を気遣ってくれているのだとおうとしていた。
「私は丈夫。今、幹線で田へ向かっているの」
事をすべて話すことはできなかったが、無事だと伝えると、恵子は何度も「よかった」と繰り返した。話を切った、私は膝のに置いた両を見つめた。朝5に起きて4分の弁当を作り、洗濯物を干し、美咲を塾まで送り、夜は最に呂へ入る。そんな暮らしを5続けてきただった。
夫をくした翌、私は尚弥の「緒に暮らそう」という言葉を信じ、夫婦で暮らしたを売った。その代から1200万円を、尚弥たちが建てるのとして振り込んだ。
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さらに、毎5万円の塾代、費の部、検代まで私が負担してきた。それでも族の賀状に印刷されていたのは4の名だけで、私の名はなかった。
活費をすたび、恵理は「助かります」と言ったが、族でする写真にも、旅先から届くメッセージにも私は写っていなかった。必とされているのは、朝を作ると、請求に残を用する座だけだった。幹線の窓に映る自分の顔を見て、私はようやく、その事実を言い訳なしで認めた。
私は財布からクレジットカード会社の連絡先を取りした。族用として恵理に渡していた追加カードは私の座にひもづいている。話で本確認を済ませ、紛失ではなく利用止を希望すると伝えた。
「追加カード1枚を、ただちに止めてください」
それから塾代の自振替についても、翌営業に止続きをするようの窓予約を入れた。これまで支払ったを惜しんでいるのではない。私を病に仕て、財産までかそうとする族に、これ以1円も渡さないと決めたのだ。
宮駅を通過した頃、スマートフォンが激しく震え始めた。最初は恵理、次に尚弥、再び恵理。着信を無していると、画面にいメッセージが並んだ。
《母さん、カードに何をした?》
《で決済できなくて恥をかいた。
すぐ解除してくれ》
《の迎えが来るんだぞ。勝にいなくなるな》
私は度も返信しなかった。崎を過ぎる頃には、着信とメッセージをわせて50件を超えていた。最に届いたのは恵理からだった。
謝罪は1件もなかった。並んでいたのは、カード、施設、通帳という、彼らが失いたくないものの名ばかりだった。
《通帳と実印をどこへ持っていったんですか。までに戻らないと、桜産との契約が駄目になります》
の売却計画など、私は度も聞かされていない。
けれど恵理は、焦ったあまり自分から認めたのだ。施設への接送と、実印と、産契約が、最初から本につながっていたことを。