"「ただの用務員でしょ?」卒業式で笑われた72歳――アルバムを開いた生徒たちが泣き、校長は壇上を降りた" 第10話
「ただの用務員でしょう?」
美羽の言葉を聞いた瞬、佳代は子の背にをかけた。
周囲の線よりも、娘の顔を初めて見るような覚のほうが怖かった。答辞を字も違えずに読んだ優等ではない。唇を震わせながら、それでも自分のでっている18歳の娘だった。
「の5、私はを通れなくなりました」
美羽は、朝になると呼吸ができなくなったこと、保健から授業を始めたこと、佐藤が毎朝720分に正で待っていたことを話した。
「待っていたんじゃありません」
佐藤がわずを挟んだ。
「を掃いていただけです」
美羽は涙をこぼしながら笑った。
「のも、休みけも、模試の翌もです。私が話したくないは何も聞かず、でも井先につなぐべきは、私が嫌がっても曖昧にしませんでした」
佳代の脳裏に、何度も見た朝の景が浮かんだ。美羽は制を着て、弁当を持ち、「ってきます」とていった。帰宅すれば机に向かい、模試の結果も隠さなかった。
い返せば、弁当をほとんど残したがあった。帰宅してすぐ自へ入り、夕まで眠っていたもある。佳代は疲れているのだとい、栄養補助品を買い、次の模試までの学習計画を軽くした。それを気遣いだと疑わなかった。
だが、美羽が求めていたのはしい予定表ではなく、決められない自分のままち止まれるだった。
広告
佐藤は答えを与えなかったからこそ、そのを守ることができた。
佳代は数字と結果を確認していた。席数、偏差値、志望判定。だが、玄関をたの娘がどんな顔をしていたか、度も尋ねなかった。
「どうして、私に言ってくれなかったの?」
声にした途端、それが自分を守るための問いだと気づいた。
美羽はしばらく黙り、やがて静かに答えた。
「言ったら、お母さんが自分を責めるか、私の代わりに全部決めるとったから。私は、休むか、受験を続けるかまで、自分で考えたかった」
責められたわけではない。それでも佳代の顔から血の気が引いた。
佐藤を「ただの用務員」と笑った自分は、娘が最も苦しかった期に、その表すら見ていなかった。その老は、母親の代わりになろうとはせず、美羽が自分で選べる所までつないでいた。
佳代は保護者席をれた。ヒールの音が体育館に響き、朝、自分が佐藤を見ろした所まで歩いていく。
くをげた。
「佐藤さん、申し訳ありませんでした。あなたの仕事も、娘が受けた助けも、何もらずに侮辱しました」
佐藤は、佳代へをげるよう促した。
「娘さんを守ったのは、井先たちと、何より本です。私はにいただけですよ」
「それでも、私はそののにいた娘をりませんでした」
佐藤はし考え、胸元の作業を見ろした。
広告
「親だから全部分かる、ということはないでしょう。学にいる私たちだって同じです。だから、誰か1が気づけなかったに、別の誰かが見つければいい。黒田さんが責められて終わる話ではありません」
佳代はすぐに顔をげられなかった。その言葉には慰めだけでなく、これから娘の話を聞く責任も含まれていると分かった。
「私は、ただの用務員です。だから、先にも親にも言えない顔を、毎朝見ることができました。用務員だからできたことも、しはあったんでしょう」
朝には嘲笑として使われた「ただの用務員」という言葉が、今はまったく違うで会に残った。
式が終わると、佐藤はいつものように子を片づけようとした。しかし卒業たちが先にちがり、子を運び始めた。
佐藤は困った顔で、体育館の隅に置かれた段ボール箱を指した。
「伝ってくれるなら、そのに最の仕事をさせてくれ」
箱の側面には、「3・180名分」とかれていた。