"7年間介護した私を捨てた夫――愛人を連れて帰宅すると、寝たきりの母も介護ベッドも消えていた" 第1話
消えた介護ベッド
婚姻届をした翌の午、久保田健はしい妻となった玲奈を連れ、自宅の玄関をけた。
玲奈の腕にはい束、健のにはホテルから持ち帰った赤ワインがあった。昨夜は都内のホテルで2だけの祝いを済ませ、これからこので婚活を始めるはずだった。
ところが、歩入ったところで健のが止まった。
のが、妙に静かだった。
いつもなら廊の奥からテレビの音が聞こえ、母のが由美を呼ぶ声や、介護ベッドのモーター音が混じっている。だが、そのはえた空気が玄関まで流れてくるだけで、の気配がなかった。
「由美?」
健は、婚したばかりの元妻の名を当然のように呼んだ。
返事はない。
靴を脱ぐのも忘れて廊をみ、母の部をける。そこで健は、信じられないものを見るように目を見いた。
介護ベッドが消えていた。
には方形のい跡だけが残り、壁際に並んでいたおむつや清拭用品、薬を入れた引きしもなくなっている。カーテンはけられ、7ほとんど具に隠れていた畳だけが、周囲よりく浮いていた。
健は押し入れをけ、浴やトイレまで確かめた。の着替えも、浴用の子も、すりに掛けてあった介助用ベルトもない。由美が毎朝6に炊いていた柔らかいご飯の匂いもせず、台所の炊飯器は空のまま、コンセントまで抜かれていた。
広告
母が倒れてから7、このでは由美がいることを提に朝が始まっていた。その由美がいないだけで、そのものが能を止めたように見えた。
「お義母さんは?」
ろから覗き込んだ玲奈の声がくなる。
「らない。由美が買い物にでも連れていったんだろ」
「ベッドごと?」
健は答えられなかった。
リビングへ戻ると、卓の央にの鍵が1本置かれていた。その横には、角の擦れた分い介護連絡帳と、い封筒がある。
表には、震える字で「健へ」とかれていた。
介護連絡帳をめくると、付、体温、血圧、薬、排泄、事量、夜の体位交換が細かな字で記録されている。最初のページは7だった。ほぼすべて、由美の跡だった。
夜210分、体位交換。305分、咳込み。520分、トイレ介助。何冊にもわたる記録のうち、健自がいたは片で数えられるほどしかない。けれど彼は、その事実に目を留めるより先に、今の夕を誰が作るのかという苛ちを覚えていた。
健はそれを閉じ、封筒を乱暴に破った。
〈私は自分のでショートステイへ移りました。由美さんに連れていかれたのではありません〉
「ショートステイ?」
読みめようとした、スマートフォンが鳴った。表示された名は、母の担当ケアマネジャー、だった。
『久保田さん、今のご族の連絡先は、ご子息の健さんでよろしいでしょうか』
広告
「ちょっと待ってください。由美は?」
『瀬さんはすでに婚されています。今、ご族としての対応をお願いするにはありません』
瀬という旧姓を聞き、健は初めて、由美が本当に久保田からいなくなったことを突きつけられた。
『さんの移は、ご本の希望に沿って事に調したものです。詳しい説と今の続きについて、面談のおをいただけますか』
「勝に決められても困ります。俺は何も聞いていない」
『何度かご連絡しましたが、細かいことは由美さんに聞いてほしい、とお返事をいただいています』
反論しようとして、健は黙った。確かにそう言った記憶があった。
話を切ると、玲奈が束を抱えたまま尋ねた。
「由美さんが介護を続けるって、あなたが言ったのよね?」
「言われたわけじゃない。でも、7もやってきたんだ。普通は途で放りさないだろ」
玲奈の指から、い束が滑り落ちた。
「あなた……私にも同じことをさせるつもりだったの?」