"「異物が入ってる!」老舗そば屋を潰した“32秒の嘘”" 第1話
お客さん、おめでとうございます
「おい、だ。席あるか?」
午をし回った頃、紺の着を着た男が、連れのを従えるようにして簾をくぐった。
京・川の裏にある「そば処 柚庵」は、掛けの卓がつと、席のカウンターだけのさなだ。磨き込んだ柱には分のが染みつき、厨では鍋の湯気がくちっていた。
「はい、ございます。こちらへどうぞ」
孫の結が窓際の卓を示すと、男は内を見回し、わざとらしく眉をひそめた。
「狭いですね。社、ここで丈夫ですか?」
同者のが尋ねると、男は子を引きながらで笑った。
「どうせしの、そばをって帰るだけだ」
私は厨からの様子を見ていた。先の男は黒川隆司と名乗った。残るは部らしく、全員が同じ会社の社員証を首からげている。そのうち最も若いという男性だけが、黒川の言葉を聞くたびに気まずそうに目を伏せていた。
結が注文を取りにくと、黒川は品きを度いただけで、すぐ卓へ放りした。
「何があるんだ。メニューを見ても、そばしかないじゃないか」
「当はそば専です。もりそば、かけそば、ざるそばの種類でございます」
「それだけ? なんだ、この。まあ、全員同じものでいい」
注文を言い終えると、黒川は厨の私にまで届く声で尋ねた。
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「この、どれくらいになる?」
「今でになります」
「? それが自か。だからこんなにぼろいんだろう」
私はそばをで締めながら、「そう見えるかもしれませんね」とだけ答えた。言い返せば結が余計に腹をてると分かっていたからだ。
「あのおばあちゃん、でやってるのか。あのでまだ働いてるの? 息子は何をしてるんだ」
笑い声がなった。結の指が盆の縁をくつかんだのを見て、私はさく首を振った。、このには嫌のいい客も悪い客も来た。そばは、誰のでも同じように茹でればいい。
やがて枚のざるそばを運ぶと、黒川はすすり、そうに目を見いた。部たちからも「うまい」という声ががる。だが目を持ちげた瞬、黒川の箸が止まった。
「おい、なんだ、これは。異物が入ってるじゃないか!」
卓に吐きされたのは、米粒ほどの茶のものだった。
「申し訳ございません。確認いたします」
結がづこうとすると、黒川は器をざけた。
「確認ってなんだ。これがまともな商売か? やって、べ物に異物とはひどいじゃないか。責任者はいないのか。てこい!」
私はをめ、布巾でを拭いてから卓へ向かった。結から受け取った皿にその粒を移し、と形、それから残っていたりを確かめる。
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「お客さん、おめでとうございます」
黒川の顔から気が消え、代わりに呆気に取られた表が浮かんだ。
「は?」
「これは自製の柚子薬に残っていた種です。驚かせてしまい、申し訳ございません。すぐしいものにお取り替えします。ただ、このでは昔から、万杯に度ほど種が入ったお客様には運がける、と言ってきたものです。もちろん、ただの縁起話ですけれどね」
私はくをげ、しいそばを用すると伝えた。黒川は種と私の顔を交互に見た、先ほどまでの剣幕を隠すように咳払いした。
「万杯に度か。本当に運がよくなるんだろうな」
「、その杯を召しがった方から、悪いらせをいただいたことはありません」
結がしいざるそばを置くと、黒川は居まいを正した。
「なら、も捨てずに続けてきた甲斐があったな。いただこう」
それが、の客が撮っていた分秒の映像の最だった。
ところが黒川は箸を置いても席をたなかった。代わりに、向かいに座るへ顎をしゃくる。は瞬ためらった、鞄からの類入れを取りし、私のに差しした。
「事はここまでだ。本題に入ろう。瀬さん、今はこのを買いに来た」
番には、すでに会社印まで押された産売買契約が入っていた。
そして末尾に記された額を見た瞬、隣にいた結が息をのんだ。
舗・括譲渡価格――千百万円。