"やさしい義母の消しゴム" 第13話
自分ので歩く覚。自分ので呼吸する覚。 この半、あので静かに削り取られていた「私」というが、確固たる応えとともに体へ戻ってくるのが分かった。
「お嬢様、のご用ができております」
橘先が恭しくドアをけた。
「ありがとうございます、先。……のへ戻ります」
「かしこまりました。お父様も、お帰りをお待ちでございます」
窓のを流れていく世田の並みを見つめながら、私は静かに目を閉じた。
あの、玄関から消えたベージュのパンプス。 奪われた、抹消された私物、捏造された病名。
真由美さんは私を「消しゴム」で消そうとした。 だが、最に消しられたのは、彼女自のだったのだ。
第話 透き通る空ので(最終話)
事件からヶが過ぎた。
季節はすっかりへと移り変わり、京のには澄んだたいが吹き抜けていた。
都の閑静な宅にあるの本邸。その当たりの良い斎で、私は温かい茶をに運んでいた。
ティーカップからちる湯気の向こうで、デスクに向かっていた橘先がゆっくりと鏡をし、枚の報告をテーブルのに置いた。
「お嬢様。橘真由美被告、ならびに元ご夫君の哲也氏に関する清算続きが、すべて完いたしました」
「ご苦労様です、先。……経過を聞かせていただけますか?」
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「はい」
橘先は静かなトーンで概を語り始めた。
真由美さんは、印私文偽造、同使、ならびに詐欺未遂の罪で起訴された。 警察の捜査がむにつれ、彼女が過数にわたり、元教師という信用を悪用して域の齢者や保護者仲から「投資」名目で巨額の資を集めていた事実が次々と発覚。被害総額は千万円を超え、起訴事実を認めざるを得ない状況に追い込まれた。
「実刑判決は免れない見込みです。彼女が何より執着していた『元教師としての名誉』や『世体』は完全に潰えました。彼女が血を注いで守ろうとした域での位も、教え子たちからの信頼も、度と戻ることはありません」
「……哲也さんはどうなりましたか?」
「勤務先のハウスメーカーからは、コンプライアンス違反および内の祥事に伴う信用失墜を理由に、依願退職という形の事実の解雇処分がされました。世田のマンションは任売却され、残債の処理と母親の弁済費用、そしてお嬢様への慰謝料の支払いのために、彼は自己破産の続きをめております」
橘先は淡々と続けた。
「現は、郊の古いアパートで雇いの派遣仕事をしながら、母親の弁護費用と残された返済に追われる々を送っているとのことです」
「そうですか……」
胸のに湧きがってきたのは、復讐を遂げた歓でも、れみでもなかった。
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ただ、乾いたが吹き抜けていくような、静かな納得だけだった。
真由美さんも哲也も、誰も殺されてはいない。血の滴も流れていない。 だが彼らは、自らが仕掛けた欲望と虚栄の罠によって、社会な理由をすべて失ったのだ。
◇
午、私は久しぶりに世田のを訪れた。
かつて暮らしていたマンションのく。通学の脇にあるさな公園のベンチに腰をろす。
通りかかる所のたちの姿が見えた。 あの、真由美さんの吹聴する嘘を信じ込み、私をれみと好奇の目で見つめていた々だ。
だが今、私に気づいた者たちは、気まずそうに目を逸らし、逃げるようににっていく。
彼らが恐れているのは、私ではない。 自分たちが「聖母」と持ちげていたの化けの皮が剥がれ、自分たちもまたその滑稽な劇の片棒を担いでいたという、自らの愚かさの呈だ。
私は元を見つめた。
履いているのは、あの真由美さんに捨てられたものと同じ、質な革のベージュのパンプス。 誰かに買い与えられたものでも、誰かの好みにわされたものでもない。私自が選び、私のによくフィットする、切な靴だ。
ふと、携帯話が静かに揺れた。
画面を見ると、父からの文のメッセージが入っていた。
『麻美。今夜はで夕をべよう。
おの好きな筑煮を作らせてある』
私はわずクスッと笑ってしまった。
筑煮。あの、真由美さんが狂気と毒を隠しながらしてきた、あの料理。 だが今夜べるのは、何の偽りも、何の支配の図も入っていない、ただの温かい庭のだ。
スマートフォンの画面を閉じ、バッグのに仕う。
かつてあので、私の、私の靴、私の印鑑、私の名……私を構成するすべてが、静かに消しゴムで擦り取られるように消されていった。
だが、消しゴムで削り取れるのは、の表面に描かれた鉛の痕跡だけだ。 そのの奥くに刻み込まれた「志」までは、誰にも消しることなどできない。
私はベンチからちがり、歩を踏みした。
カツン、と質なヒールの音が、の澄み渡る空へとよく響いていった。