"やさしい義母の消しゴム" 第2話
「お帰りなさい、哲也さん」 「ねえ麻美、母さんは? もう帰ったの?」 「ええ、に」 「そっか。母さん、今も朝から来てくれてたんだろ? お、ちゃんと『ありがとう』って言ったか? 普通、姑が毎掃除しに来てくれるなんてあり得ないんだぞ。謝しろよな」
哲也はビール缶のプルタブを弾き、美そうに喉を鳴らした。 哲也は根っからの「いいやつ」だ。だが、極度のマザコンでもあった。元教師の義母をく尊敬しており、義母の言うことはすべて「正しい」だと信疑疑わずに受け止めている。
「……ねえ、哲也さん」 「ん?」 「今ね、私のお気に入りのパンプス、お義母さんが捨てちゃったみたいなの」
私がさく切りすと、哲也は面倒そうに眉をひそめた。
「は? パンプス? ああ、あの派なやつ? 母さんが捨てたなら、理由があったんだろ。お、元から浮いてたしな。母さんはおのために良かれとってやってくれてるんだから、いちいち文句言うなよ」 「文句じゃないの。ただ、言相談してほしかったなって……」 「おさ」
哲也はビール缶をテーブルにドンと置いた。
「母さんがどれだけおに気を遣ってるか、分かってんの? 卒で仕事もしてないおを、うちの親族に恥ずかしくないように育て直してくれてるんだぞ。謝こそすれ、愚痴を言うなんて失礼だろ」
予通りの言葉だった。
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哲也ののでは、「完璧な母」と「未熟でのかかる妻」という構図が完全に来がっている。
私はそれ以何も言わず、台所へ向かった。
保温鍋から筑煮を皿に盛り付け、義母が今朝淹れていった麦茶をグラスに注ぐ。
義母の麦茶。 毎、ポットいっぱいに作られていくこのお茶には、義母特製のハーブがブレンドされていた。 『麻美ちゃん、これ自律神経に効くのよ。毎むのよ』と言われて渡されるお茶。
私はグラスをにかざした。 透き通った褐のお茶の底に、わずかに沈殿するさな末。
(……これ、何が入っているのかしら)
私はそれをもまず、哲也の待つダイニングへと運んだ。
◇
夜。 哲也が隣でイビキをかいて眠りについたのを確認し、私は静かにベッドを抜けした。
忍びで廊を渡り、リビングの隅にあるさな収納棚をける。
そこは、私が結婚に持ってきた類や、個なノートをしまっておく所だった。
棚の奥にを伸ばし、さな引きしを引く。
「……やっぱり」
指先が空を切った。
そこにあったはずの、私の「旧姓の印鑑」と「通帳」がない。 代わりに置かれていたのは、義母の丸っこい字でかれたメモ用が枚。
『麻美ちゃんへ。事なものは、私がまとめて庫で保管しておきますね。無くしたら変でしょう?』
息が詰まるような窒息が、胸の奥から押し寄せてきた。
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靴、、器、具。 そしてついに、私の分を証する印鑑まで。
真由美さんは、私から何を奪おうとしているのか。 ただの過保護な義母の暴ではない。これは、もっと計画で、もっと酷な「侵蝕」だ。
私は暗ので、そっと自分の両を見つめた。
爪をく切り揃えられた、何の特徴もない主婦の。 義母は私が「何もらない、卒の無力な元フリーター」だと信じ切っている。哲也もそうだ。
(……お義母さん)
私は静かに引きしを閉めた。
あなたが消そうとしているこの「麻美」という女が、本当はどんななのか。 そして、私がこので何を隠し持っているのか。
あなたはまだ、何つ気づいていない。
翌朝、午ちょうど。 インターホンが鳴ると同に、玄関の鍵がから「ガチャリ」と音をてていた。
「おはよう、麻美ちゃん。今もいいお気ね」
真由美さんは、昨と寸分違わぬ穏やかな笑顔で入ってきた。 には、自分で焼いたという全粒のパンと、いつものきな革のトートバッグ。
「お義母さん、おはようございます」
私が丁寧に々とお辞儀をすると、真由美さんは満そうに目を細め、私の顔をじっと覗き込んできた。
「あら、なんだかし顔が悪いわね。昨はちゃんと眠れた?」 「ええ、おかげさまで」 「そう。……あ、そうそう」
真由美さんはエプロンにをかけながら、まるで「気の話」
でもするような軽いトーンで言った。
「棚の引きし、見たでしょう? 印鑑と通帳のこと。