"十三足目の黒い靴" 第7話
私は自分の両をじっと見つめ、し怯えたような仕を作ってみせた。
「宗郎さん……私、本当におかしくなっているのかもしれない。あなたが言った通り、らないうちにへているのかもしれないわ。……恐ろしいの。このまま私、何も分からなくなってしまうんじゃないかって」
宗郎の瞳に、かすかな歓のが宿るのを私は見逃さなかった。 彼にとって、私が自分自の正気を疑い、恐怖し、彼に縋り付いてくることこそが最のアペタイザー(菜)なのだ。
「丈夫だよ、美咲」
宗郎はちがり、私の背に回ると、おしそうに私の肩を抱きしめた。
「君がどれだけ壊れても、僕が君の記憶になる。君の代わりに、すべてを管理してあげるから。……だから、余計な配はせず、僕にすべてを委ねなさい」
「ええ……ありがとう、宗郎さん」
私は彼の腕ので、さく頷いた。 彼が満そうに席に戻り、噌汁にをつけた瞬——私はので静かに秒数をカウントし始めた。
(、、……)
「……ん?」
宗郎が眉をひそめ、噌汁のお椀を見つめた。
「どうしたの、宗郎さん?」
「いや……し、が濃いような気がする。塩気がいというか……いつもと汁を変えたかい?」
「え? そんなはずはないわ。いつもの昆布と鰹節よ」
私は議そうに首を傾げてみせた。
当然だ。汁は何も変えていない。
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変えたのは、彼の湯呑みに入れたお茶の成分だ。
昨夜、斎の資料を読んだ私は、宗郎が私に投与していた微量成分の正体を突き止めていた。それは般の薬局でもに入る特定のミネラルサプリメントの過剰摂取と、覚をに麻痺させる特定のハーブの抽液だった。
私は今朝、まったく同じハーブの抽液を、宗郎の朝のお茶にほんの数滴混ぜておいたのだ。
毒ではない。体に害のない、ただに覚の閾値を狂わせるだけのハーブ。
「そうか……僕の気のせいかもしれないな」
宗郎はし審そうな顔をしながらも、自分の体調のせいだと納得しようとした。 いつも「完璧で、狂いがない」のは自分であり、狂っているのは常に妻であるという傲さが、彼に自分の体の異変を疑わせないのだ。
「宗郎さん、今はお仕事の、どちらへ?」
「ああ、今は夕方から青のクライアントと会だ。帰りはし遅くなるかもしれない」
「そう……気をつけてね。私、また変なを見ないように、お昼にお掃除でもしておこうかしら。靴箱の掃除とか」
その言葉を聞いた瞬、宗郎の目奥に瞬だけ、鋭い警戒のがった。
「靴箱かい? いや、そこは僕が週末にやるから、君は触らなくていい。いものをかして、また倒れでもしたら変だ」
「そう? でも、番の段に……」
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「美咲」
宗郎の声のトーンが、段くなった。
「僕の言うことを聞きなさい。君は静かに休んでいるのが仕事だ」
「……分かったわ。ごめんなさい」
私はしおらしく首を垂れた。
宗郎は納得したように頷き、カバンをにして玄関へと向かった。 彼がドアをけ、へ踏みした瞬——私は彼の背に向けて、甘く、毒を含んだ声をかけた。
「宗郎さん。今の靴、とても素敵ね。……青の赤、汚さないように気をつけてね」
宗郎のが、ピタリと止まった。
彼が振り返った、私の顔には完璧に無で、病な妻の虚ろな笑みが張り付いていた。
宗郎は何も言わず、どこか気なものを振り払うかのように、急ぎでドアを閉めた。
カチャリ、とロックがかかる。
私は誰もいなくなった玄関で、静かにち尽くした。
「さあ……追い詰めてあげるわ、宗郎さん」
彼の「完璧な計画」の歯は、もう度と元には戻らない速度で、狂い始めていた。
翌朝、。 台所に漂う汁のりが、いつもと変わらない平穏な朝を演していた。
「美咲、体調はどうだい? 昨の夜は、うなされることもなくよく眠れていたようけれど」
卓についた宗郎は、聞を広げながら穏やかな声で尋ねた。その線は面に向いているようでいて、私の表や元の挙投を鋭く観察している。
「ええ……お薬のおかげかしら。昨の夜は、とてもいを見ていた気がするわ」
私は微笑みを浮かべながら、丁寧に取った汁で仕てた噌汁を彼のに置いた。