"十三足目の黒い靴" 第2話
全部で、。
私は吸い寄せられるように膝をつき、そのうちのをにとった。 サイズは23.5センチ。私ののサイズだ。品ではない。つま先の部分がわずかに擦れ、かかとには履き慣らされたシワが入っていた。
そして、靴底を引っくり返した瞬、私の背筋にや汗が吹きした。
溝に詰まっていたのは、乾いた赤い粘質のだった。
「青……」
脳裏に、今朝の宗郎の言葉が蘇る。 『今は青のクライアントと打ちわせがある』
この所の宅には、こんな赤いがする所はない。だが、青の特定のの植込みや、あの古い画廊の裏庭には、これと同じ特異な赤があることを私はっていた。
なぜ、私のサイズの靴が12もあるのか? なぜ、すべての靴に同じ青のがついているのか?
私はこの、宗郎から「君は体調が定だから」と言われ続け、でをしたことなど度もなかったはずだ。青なんて、結婚に度ったきりだ。
それなのに——この12の靴は、らかに「私」がを歩き回った形跡を示していた。
が震え、靴を落としそうになったその。
カチャリ、と静かな属音が玄関に響いた。
ロックがされ、ゆっくりとドアがく。
「……美咲?」
そこにっていたのは、忘れ物を取りに戻ったはずの宗郎だった。
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彼のに握られていたのは、会社用のビジネスバッグではなく、さなレザーの鍵ケースだった。
宗郎の線が、ゆっくりとに落ちる。 け放たれた靴箱の扉。私ののにある、赤のついた黒い靴。
廊の照が、彼の顔半分にを作っていた。 その瞳には、今朝の温かなは切なかった。ただ無質で、酷な「観察者」の目がそこにあった。
「言っただろう。部で寝ていなさいと」
宗郎は静かな声で言った。鳴りもせず、咎めもせず、ただ淡々と。
「……宗郎さん、この靴……どうして同じものがこんなに……」
声が震えるのを抑えられなかった。 宗郎はため息をひとつ漏らすと、革靴のままが框(かまち)にをかけ、私にづいてきた。彼は私のから静かに靴を奪い取ると、寸分の狂いもなく元の位置へと戻した。
パチン、と扉が閉まる。
「また、始まってしまったんだね」
宗郎は私の肩を優しく抱き起こした。そのにはい力が込められており、私をちがらせると同に、完全に体の自由を奪っていた。
「始まって……なにが?」
「君の徘徊だよ、美咲」
宗郎は私の元で、甘く、恐ろしいほど静かな声で囁いた。
「君は夜、僕が寝静まったにその靴を履いてへていくんだ。そして朝になると、自分がどこへっていたかも覚えていない。……かわいそうに。
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最は昼まで記憶がぶようになってきたんだね」
「嘘……私、そんなこと……!」
「嘘じゃないさ」
宗郎は胸ポケットから、几帳面に折りたたまれた冊のさな革帳を取りした。 パラパラとページをめくり、私の目のに突きつける。
そこには、宗郎の几帳面な文字で、びっしりと付とが記録されていた。
『712 02:15 妻、黒の平底靴を履き。青方面へ歩。呼びかけに応じず』 『803 01:40 妻、帰宅。靴底に。自分の名が言えない状態』 『819 03:00 妻、発を訴えるも記憶の混濁あり。「自分は病気ではない」と主張』
帳に記載された付——それは、私が「でうなされていた」と宗郎に言われ、薬をまされて眠りについていたの付と、完全に致していた。
「君を守るために、僕はどれだけ苦労しているか分かってほしいな」
宗郎は帳をポケットに仕い込むと、私の頬を包み込んだ。親指が、私の唇をなぞる。
「丈夫だよ、美咲。君がどれだけおかしくなっても、僕が、面倒を見てあげるからね。……さあ、部に戻ろう。お薬の効き目が、そろそろてくる頃だ」
彼の指先から漂う、微かな消毒液の匂い。 私は全の血が凍りつくような恐怖ので悟った。
狂っているのは、私の記憶ではない。 私を「病」に仕てげようとしている、この目のの男だ。
翌の午。
私は宗郎に連れられ、い壁に囲まれた診察のにいた。
「——なるほど。夜の歩習慣と、それに伴う覚の欠落、ですか」
医師は元のカルテに線を落としたまま、静かに頷いた。