"左足だけの靴箱" 第1話
段ボール箱は、湿ったカビの匂いと、買ったばかりの革製品の匂いが混ざりった妙な臭いを放っていた。
「さん、ですよね。隣の202号、吉岡さんの部の理が終わりましたので。故のご遺言通り、こちらをお渡ししておきます」
作業を着た遺品理業者の男性は、汗を拭いながら際よく段ボール箱をがの玄関に置いた。片で持てるほどのきさだが、持ちげると見た目以のズシリとしたみがあった。
隣の吉岡静さんが内で筋梗塞を起こしてくなっているのが見つかってから、今でちょうど目になる。御歳。寄りのない独居老で、アパートの廊ですれ違っても、こちらが「こんにちは」と声をかけると浅くをげるだけ。会話らしい会話など度も交わしたことがない柄だった。
そんなが、なぜ私に遺品を残すのか。
首を傾げながらテープをカッターで切り、段ボール箱の蓋をいた。
箱のに敷き詰められていたものを見た瞬、私の指先は凍りつき、喉の奥からさな引きつった息が漏れた。
「……なに、これ」
箱のに並んでいたのは、靴だった。それも、どれもこれも女性用のパンプスやローファーばかり。然と並べられたそれらの靴をに、私は眩暈に似た覚を覚えた。
箱のに収められていたのは、計。
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驚くべきは、そのすべての靴の「」だけが、使い古された古品だということだった。かかとのすり減り、つま先のさな傷、履きの歪み。どれも見覚えがあるどころの話ではない。
番に見えた、落ち着いたワインレッドの革製パンプス。それはに私が気に入り、仕事帰りに履いていたはずなのに、ある突然、自宅の玄関から片方だけ消えてしまった靴だった。
当、私は自分の物忘れを疑った。靴箱の隙に落としたのか、あるいはゴミしの際に違えて捨ててしまったのかと、を探し回ったが見つからず、残されたの靴も泣く泣く処分したのだ。
その「」が、今、んだ隣の段ボール箱のに収まっている。
だが、恐怖はそれだけでは終わらなかった。
の靴の隣に、対になって置かれている「」の靴。それはすべてにおいて、度もを歩いたことのない、完璧な品だった。革の張りも、靴底のゴムの綺麗な状態も、で買い求めた直の輝きを保っている。
つまり、この箱のには「私が数かけて使い古し、がの玄関から消えたの靴」と、「それと全く同じ型・同じの、品のの靴」が、組ペアになって収められていたのだ。
ぞっとするような鳥肌が全を駆け抜けた。
吉岡老は、私の自宅に忍び込んでの靴だけを盗みし、わざわざ同じ靴の品をどこかで買い求めてと揃え、保管していたというのだろうか。
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だが、がの鍵は常に施錠されている。ピッキングの形跡など度もなかった。
恐怖と困惑に震えるで、私はワインレッドのパンプスを持ちげた。持ちげた瞬、靴のからかさりとさなの音がした。
靴の内部を覗き込む。黒いインソール(敷き)の端が、ほんのし浮きがっていた。
指先を滑らせ、敷きをゆっくりとめくりげる。そこには、さくつ折りにされた枚の片が挟み込まれていた。
引っ張りして広げると、それは見慣れた方タクシー会社の領収だった。額は「4,850円」。発は今からちょうど、の午分。
そして領収の余には、黒いボールペンで、几帳面な字がき添えられていた。
『10/14 夜当分より受領 直』
臓がドスンときな音をてた。
直。私の夫、直の名だった。その独特のねと払いの癖がある字は、毎見ている夫の跡に違いなかった。
「どうして……直の字が、ここに……?」
私は喉の渇きを覚えながら、の靴の敷きも次々とめくっていった。
目の黒いローファー。敷きのからてきた領収には、『5/22 夜当分より受領 直』の文字。
目のベージュのハイヒール。そこには『12/3 夜当分より受領 直』。
すべてのの靴底から、例なく、夫の跡で付と額が記された領収がてきた。