"頬を打たれた契約社員の正体" 第6話
だからどうか、その目をなくさないでおくれ。」
その言葉には議なみがあった。まるで現実にする力を持っているかのような。朝野にはその理由が分からなかった。ただなぜか、胸の奥が温かくなった。
やがて駅に着いた。
「じゃあ、私はここで。」
は軽くをげると、雑踏のへと消えていった。その背は打たれた老のものとはえないほどまっすぐできかった。朝野はその背を見えなくなるまで見送っていた。
方、はへはまっすぐ帰らなかった。くの静かな喫茶に入り、番奥の席に座る。そして古い携帯話を取りすと、ある番号を回した。相はが現役だった頃から彼を支え続けてきた腹のひとりだった。今はこの会社の数ない信頼できる役員である。話をかける、はしばらく窓のを眺めていた。胸のでまだ迷いが揺れていた。これから自分がすることは、あの会社にきな波を起こす。何ものが変わるかもしれない。それは本当に正しいことなのか。ただの老いたものの干渉ではないのか。
だが目を閉じると若い頃の記憶が蘇った。焼け跡のさな。妻と、油まみれで働いた々。料が払えず、それでもやめずに残ってくれた若い従業員たち。あの頃、この会社にははなかった。
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だがのぬくもりだけは溢れていた。
「うちは族だ。困ったは支えう。それがこの会社のたったつの決まりだ。」
創業の、がみんなので誓った言葉だった。その理が今、跡形もなく踏みにじられている。若いものが殴られ、泣き、逃げし、ている。ならばそれを正すのは、この会社を始めた私の務めだ。
の目にもう迷いはなかった。これは復讐ではない。始めたものとしての最の責任の取り方だった。彼は静かに番号を回した。
「私だ。久しぶりだな。」
その声はどこまでも静かだった。
「例の会社にし潜り込んでいてな……ああ、そうだ。噂は本当だった。いや、っていたよりもずっと根がい。」
はこれまで掴んだことを淡々と告げていった。キラと杉の正な取引。握りつぶされてきた若の鳴。
「の朝、緊急の役員会をいてくれ。証拠はこちらで揃える。ああ、私も久しぶりにあの会社へ顔をすとしよう。今度はこの社員証をつけてな。」
話を切り、はめかけたコーヒーをゆっくりとみ干した。窓のではが暮れていた。いが静かに終わろうとしていた。
——
翌朝、会社の空気はいつもとまるで違っていた。朝くから役員フロアの話が鳴りやまない。何かを察した幹部たちが青ざめた顔で廊をき交っている。
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ことの発端は通のメールだった。け方、主った役員のもとへ斉に緊急役員会集の通が届いた。差ししは旧の役員。議題にはこうあった。
「部部署における正取引及びパワーハラスメントについて。」
その文を見て、当たりのある者たちは震えがった。営業推部でも朝から異様な空気が漂っていた。キラはいつもよりく社し、落ち着かない様子でスマートフォンを握りしめていた。何度も杉専務に話をかけるが繋がらない。嫌な予が彼女の背筋をいがっていた。
そして社のチャイムが鳴ったそのだった。フロアの自ドアがいた。入ってきたのは数の幹部らしき男たち。その央にの老がいた。見すぼらしい作業着ではない。仕ての良い、しかし古で品のあるスーツ。胸にはあの古い社員証がっていた。
昨まで雑用をさせられ、頬を打たれていたあの使えないの寄り。そのが今はまるで別のように堂々とフロアの央にっていた。社員たちが息をんだ。
「あ、あの……。」
朝野も目を見いた。あの優しい老が、あの打たれても揺がなかった背のが——。
キラの顔から音をてるように血の毛が引いていた。その、旧の役員がみてフロアに響く声で言った。
「皆さんにご紹介します。この方こそが社の創業者にして名誉会、倉之助そのです!」
その瞬、フロアの全ての血の毛が引いた。