みかん小説
本棚

"質屋で知った夫の嘘" 第4話

そして落とさないように、私の指をから包んで握らせた。

「売って活しろ」

私は慎介の顔を見た。

「本気で言ってるの?」

「もう俺には必ない」

「これ、あなたが――」

度と俺を探すな。俺のことを忘れて、それできていけ」

胸の奥で何かが切れた。

「最

慎介は何も言わなかった。

「あんたなんか、嫌い」

「それでいい」

私は玄関をした。角を曲がるまで度も振り返らず、慎介がいつ扉を閉めたのかもらない。

ただつだけ、今でもはっきり覚えている。

指輪を私のへ押し込んだとき、慎介のはわずかに震えていた。

私はっているからだとっていた。

活は、像していたよりずっとき詰まった。

私が借りたのは、野町の駅から徒歩15分ほどの所にある「緑荘」という築40造アパートだった。6畳さな台所だけで賃は4万2000円、階段をがるたびにが軋み、向きの部にはになるとほとんどが差さなかった。

は1階に俊子さんという75歳の女性だった。契約を細かく見るでもなく「1? 働いてるの? じゃあいいわ」と言って鍵を渡してくれた。保証会社を使わなくても入居できたことが、当の私にはありがたかった。

引っ越した最初の夜、荷物をける気力もなく布団だけ敷いた。井には染みがあり、台所の蛇からは滴ずつ落ち、壁の向こうからテレビ番組の笑い声が聞こえていた。

広告

私は朝まで眠れなかった。

2か、会社を辞めた。

婚のことを総務にしか話していなかったのに、いつのにか周囲にられていた。「丈夫?」と聞かれるたび、私は理由を説しなければならないような気持ちになった。けれど私自、なぜ夫に捨てられたのか分からないので、次第に「自分が悪かったんです」と言うようになった。

ある朝、駅の階段の途かなくなった。通勤客が次々と横を通り過ぎる、私はホームまでくことができず、そのままへ戻った。同じことが2度続き、退職届をした。

そこから正社員の仕事はなかなか見つからなかった。倉庫の仕分け、スーパーの品し、弁当期事務と職を転々とし、コールセンターではクレーム話を受け続けて3目に息ができなくなった。わずかな退職と貯は、毎規則正しく減っていった。

1目の終わり、通帳を見ながら、残がゼロになるを計算できることに気づいた。いつ破綻するか分かる活ほど怖いものはない。

結婚指輪は押し入れの奥にしまっていた。引っ越してしばらくはにつけていたが、面接で「ご結婚は?」と聞かれ、答えに詰まった夜にした。

売ろうとったことは何度もある。

野町の商には「戸田質」という古いがあった。板にはきく「質」

広告

文字だけがかれ、ガラス戸には「貴属・計・カメラ」と昔の文字が残っている。が暗く見えるので、からでは営業しているのかさえ分かりにくかった。

婚2目の賃が初めて遅れた。さんは「来緒でいいわよ」と言っただけだったが、その優しさが逆に苦しかった。

、私は指輪をハンカチに包み、戸田質までった。

けれど入れなかった。

へ帰って箱をけば、プラチナの指輪は3とほとんど同じをしていた。私の顔も体も暮らしも変わったのに、このさな属だけが何も変わらず残っていることが腹たしかった。

売ってしまえばいい。

慎介自がそう言ったのだから、私は何も悪くない。

それでも売れば、あのの言葉に従ったことになる気がした。

の私を歩かせていたものの半分は、慎介へのりだった。あの男に恵まれた指輪で活しているとうのが嫌で、私はもやしと卵だけで何いつなぐ方を選んだ。

3で、私は戸田質まで5回った。

度だけ、ガラス戸を5センチほどけたことがある。から「いらっしゃい」と声がした瞬、私は「すみません」と言って扉を閉め、そのまま逃げた。

なぜそこまで嫌だったのか、自分でも分かっていた。

指輪を売った瞬、慎介とのに残った最のものまで、本当に終わってしまうからだった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: