"毎週木曜、つながらない番号へ" 第6話
寄宿舎はからしれた坂のに建っていた。造2階建てで、玄関をけると湿った畳と古い材の匂いが漂い、靴箱には番号札だけが残っていた。半以がんでいないため、廊にはく埃が積もっていたが、壁には当の注きや洗濯当番表がそのまま貼られていた。
話は1階の談話に置かれていた。
黒い話はすでに撤されており、角い台だけが残されている。壁からていた配線も途で切られていたが、志津はそれを見て首を傾げた。
「廃止するときって、こんな切り方するの?」
同していた話局の務担当者は、切断された線を確かめた。通常なら局側で回線を止めるため、建物内の線をわざわざ刃物で切る必はないという。しかも切りには古い変があり、閉鎖の撤作業で切られたものではない能性があった。
「312の夜に切られたかどうかまでは分からない。ただ、誰かが内側で切った跡には見える」
その説を聞き、修の表がくなった。
談話の棚を調べていた警察官が、台の裏にさな片が挟まっていることに気づいた。い埃に覆われていたには鉛で数字と名がかれており、何かの寄宿が自分の話予定をいたものらしかった。
「 8・40 森田」
その文字を見た澄は、千鶴の跡だと断言した。
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さらにの裏には、別の文字があった。
「積 〇〇」
数字の横に、さく「帳面と違う」とかれていた。
美代子にはが分からなかったが、修は千鶴が料から定額を積みてていたことをいした。亜繊維では寄宿の料から毎部を差し引き、退職にまとめて返す制度があったという。千鶴もへ送する分とは別に、その積を続けていた。
ところが澄がから受け取った説では、千鶴は退職に積を全額受領したことになっていた。
「でも、あの子はに円も持って帰ってない」
澄は言った。
警察はの与関係類を改めて調べることになった。閉鎖の資料のくは理会社へ移されていたが、部は町内の倉庫に残っているという。寄宿たちの積と千鶴の失踪に関係があるのか、この段階では誰にも分からなかった。
が2階へがると、かつて千鶴が使っていた8畳が残っていた。6部で、荷物はすべて撤されていたものの、柱には女たちがを測った鉛の線や、故郷までの列刻をいた跡が残っていた。半というが流れているのに、そこにはまだ若い女たちの活がかすかに染みついていた。
廊へようとした、修が押し入れの奥に何かが落ちているのを見つけた。
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さな布製の巾着だった。
には10円玉が3枚と、青い糸で編まれたお守りが入っていた。澄が正に千鶴へ渡したものだった。
側は、千鶴が311に私物をまとめ、自分ので寄宿舎をたと説していた。
しかし千鶴は、母親から渡されたお守りさえ部に残していた。
夜勤表を送ってきた物は、にく見つかった。警察が元寄宿へ聞き取りを始めたことをり、町内にむ22歳の藤野という女性が自ら名乗りたのである。は千鶴と同じ部で暮らし、閉鎖は実の料品を伝っていた。
は半、名簿を持っていたことを認めた。が閉鎖される直、寄宿舎の類を焼却するよう寮母から言われた際、千鶴の名が消された夜勤表を見つけ、何となく捨てられずに持ち帰ったという。警察へかなかったのは、関係者から「森田の件について余計なことを言えば、料の精算が遅れる」と言われていたためだった。
「でも、お母さんが毎週話をかけてるって聞いたんです」
は俯いた。
「駅の堂で働いている子から聞いて……。半たってもまだ探しているんだとったら、もう持っていられなくなりました」
の証言によって、千鶴が312に寄宿舎へいたことはさらに確実になった。
311の夕方、千鶴は普通に堂で夕を取り、翌の夜当番にも名が入っていた。