みかん小説
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"母のいない写真" 第8話

「彼女はね、自分の体から切り取った『佐伯の妻』であり『佐伯の母』であった部分を、捨てることができなかったの。捨ててしまえば、あので耐え抜いたの苦痛も、自分が透な空気として扱われ続けたしみも、最初から無かったことにされてしまうから。彼女にとってこの写真は、罪の痕跡であり、自分がきていることを自分自に証するための、唯の『告発状』だったのよ」

のひらのさな片を見つめた。

。 母はその、毎のように族の飯を作り、洗濯物を干し、父の嫌や息子の淡な言葉を受け止めながら、夜になるとひそかに裁縫箱から刃物を取りし、昼に撮った写真から自分を削り取っていたのだ。

それはどれほど孤独で、どれほど恐ろしい作業だったろうか。自分がこのんでいることを、写真の化していく作業。

子さんはね……」島田さんが言葉を継いだ。 「ここに来たばかりの頃、夜になるとよくこの破片をテーブルに並べて眺めていたわ。憎しみや怨の籠もった目じゃないの。ただ、自分を縛り付けていた過の殻をつずつ確かめるような、しいほど静かな目でね。そして言、『これでよし』って呟くの」

の目から、い塊がボロボロと溢れ落ちた。

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涙がのひらのの破片に落ちそうになり、直は慌てて顔を背けた。母が命がけで残したこの切な片を、自分のな涙で濡らすことなど決して許されないとった。

破片が敷き詰められたのさらに、桐の箱の本当の底に、もうひとつの品が収められていた。

のひらサイズの、使い込まれた黒い革表帳だった。角が擦り切れ、表には文字で「記」とかれていたが、その文字もすっかり掠れていた。

「それは、彼女が『佐藤子』になってからき始めた誌よ」 島田さんは優しく微笑んだ。 「あなたのらない、の独したとしての子さんの声が、そこに残されているわ」

をすすり、破片を丁寧に箱に戻すと、両でその黒い帳を持ちげた。帳はさく、母の体温がまだ残っているかのように、どこか温かかった。

革の表の摩擦で角が丸くなり、の脂が染み込んでい煤に変わっていた。

佐伯直は息を殺し、膝の帳の表をゆっくりとめくった。見返しのには、青いインクで『199081 佐藤子』とだけかれていた。佐伯ではなく、佐藤。母が婚姻に名乗っていた旧姓だった。

最初のページをくと、そこに並んでいたのは、実計簿で見慣れたあの繊細で几帳面な跡だった。

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しかし、そこにかれている言葉の温度は、かつて実で目にしたものとはまるで違っていた。

『平成285。今、初めて自分のでおを稼ぎ、自分のためだけにさな買い物をした。のハンカチを枚。誰の嫌も伺わず、誰の夕配もせず、ただ自分が綺麗だとったものを選ぶ。が震えた。角で、ハンカチを胸に抱きしめてしばらくけなかった。私は今き返ったのだとう。』

の目が激しくくなった。 母にとって、歳を過ぎてからに入れた枚のハンカチは、の結婚活で与えられたどの記品よりもく、価値のある「自由の象徴」だったのだ。

ページをさらにめくっていく。付は数おき、あるいは数ヶおきにんでいたが、そこには「佐藤子」としてきる母の々の呼吸が、々しく息づいていた。

『平成3412。直の誕京の空はれているだろうか。あの子はもう、歳になる。編みのセーターを贈りたい衝に駆られるが、ぐっとを引っこ込める。けば、私はまた『お母さん』に戻ってしまう。あの子のてば、私はまたあの子の嫌を気遣い、自分を殺して笑いかける都のいいになってしまうだろう。それは直のためにも、私の解脱のためにもならない。

しているからこそ、私は度とあの子のに現れてはならないのだ。』

「……そんな……」

から、押し殺したような呻き声が漏れた。

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