"母のいない写真" 第7話
彼女はね、あなたや旦さんをんで逃げてきたんじゃないのよ。ただ、自分というを取り戻したかったの。誰かの妻でもなく、誰かの母親でもなく、の『佐藤子』としてにたかったのよ」
直の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。 畳のに滴り落ちる涙を、直は拭おうともしなかった。
母は、自分たちに復讐するために消えたのではなかった。 ただ、自分という尊厳を守るために、あの獄のようなから「避難」したのだ。
「子さんは……母は、今どこにいるんですか?」
直が震える声で尋ねると、島田さんは静かに首を振った。
「のにね、老衰で静かにくなったわ。痛がることもなく、苦しむこともなく……私の腕ので、本当に穏やかな顔で眠りについたの。『いいだった』って言いながらね」
島田さんはちがり、奥の部からさな桐の箱を持って戻ってきた。
「これはね、子さんがくなる直、私に託していったものなの。『もし、いつか直が私を探し当ててここに来たら、これを渡してほしい』って」
ぶりの桐の箱が、使い込まれたい製テーブルのに静かに置かれた。
指物師が誂えたような堅牢な作りだが、隅の角は撫で回されたように丸みを帯び、のをじさせた。島田キヨは、まるで壊れものを扱うかのように両を添え、それを直の元へとゆっくり滑らせた。
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「子さんがくなるヶほど、『もし私の息子がここを訪ねてきたら、これを渡してほしい』と預かったものよ。あなたに来てほしいという未練からじゃない。ただ、自分が確かにこの世でき、掻き、逃げ切ったのだという証拠としてね」
の奥からかすかに届く織りの規則なカタン、コトンという音だけが、部のい静寂をかろうじて繋ぎ止めていた。
直は喉の渇きを覚えながら、膝のに置いた両を固く握りしめた。胸の奥で、臓が規則な打鐘のように激しく鳴り響いている。ゆっくりと息を吐きしながら、桐の箱の蓋に指をかけた。乾いたのりと、微かな防虫剤の匂い、そして閉じ込められていた古いの匂いが混ざりい、直の腔をく刺激した。
箱の内部には、揉みのような柔らかいいが何にも丁寧に敷き詰められていた。直は指先を濡らす汗を拭いながら、そのを枚ずつ、折り目を傷つけないように慎にめくっていった。
番底に鎮座していたものを見た瞬、直の全の血がサッと引いた。喉の奥が引き絞られ、声にならない掠れた息が漏れた。
そこにあったのは、あの実のアルバムから姿を消した、「枚の形に切り抜かれた写真の破片」だった。
昭57の、肌寒いのに撮られた学入学式のの母。
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昭58、15本のろうそくがてられたケーキの横で微笑んでいたはずの母。 昭61、伊豆の岸で画面の端にぽつんとだけ押しやられていた母。 そして平成2の、箱根の温泉旅館の庭園で、緑の々を背にっていた母。
それらはすべて、カッターナイフか剃刀の鋭利な刃先で精密に、寸分の狂いもなく輪郭をくり抜かれていた。雑に破られたものなど枚もない。どの断片も、母・子の体のラインそのものだった。
直は震えるで、そののひとつ——歳の誕のの断片をそっと指先ですくいげた。
数グラムにも満たない、あまりにも軽いさな切れだった。しかし、その縁をなぞる鋭利な切りからは、という膨なをかけて沈黙のなかで刃物を握り続けた女性の、背筋が凍るほどの執とがダイレクトに伝わってきた。
破片を裏返すと、褪せた青いインクで、見慣れた母の跡がくっきりと残されていた。
『本、私がこのから消えたつ目の理由。』
枚の破片は、まるで然と並べられたかるたのように、箱の底でなりっていた。それぞれの裏面には、あの昭57から平成2までの付と、自分を削ぎ落とした「理由」の番号が記されている。
「この箱のにあるのはね……『佐伯子』というの切除術の記録よ」
島田キヨはほうじ茶の湯みを両で包み込みながら、静かに、しかし噛みしめるように言った。