"果樹園の奥の家" 第1話
第1話 果園の奥の
夫が荷でをれているはずの午10、私は3煮込んだ豚汁の保温容器を抱え、野のを登っていた。
「今は京のまでく。戻りは夜になる」
朝、健太郎はそう言って作業着のままをた。それなら昼くらい届けようとったのは、ここ数か、週5を果園で過ごす夫と、まともに卓を囲めていなかったからだ。
父から受け継いだ梨果園は、の収穫期を迎えていた。斜面には赤くづいたりんごが並び、たいが枝葉を揺らすたび、甘いりがわずかに漂う。ところが事務所にも選果にも健太郎の姿はなく、古参の野さんに聞くと、困ったように線をそらされた。
「社なら、朝から見ていませんよ」
社――従業員は健太郎をそう呼ぶ。けれど、も建物も、農業法「梨果」の株式も父から私が相続したものだ。健太郎は運営を任せた代表取締役にすぎない。その呼び方を訂正しなかったのは、夫の面子を潰したくなかったからだった。
話をかけてもない。豚汁がめないうちに休憩所へ置こうとしたとき、のさらに奥へ続く細いに気づいた。以は農具を置く空きだったはずなのに、しい砂利のには何本ものタイヤ痕が残っている。
胸の奥にさな棘が刺さった。
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私は保温容器を抱え直し、りんご畑のを縫うへを踏み入れた。
梨果園は、父がくなる半まで私も経理を伝っていた。どの畝に何本のがあり、農がどこでき止まりになるかまでっている。だからこそ、そのだけが記憶にないことが気だった。健太郎に運営を任せてから、私は京都の自宅で請求を確認するだけになり、現へ来る回数も減っていた。その空を責められているようで、元の砂利がやけにきな音をてた。
の脇には、まだ値札のついた幼児用の子が落ちていた。拾いげると、内側に油性ペンで「ゆうと」とかれている。観農園なら忘れ物だとえたが、この区画は般客が入れない作業区域だ。私は子を握ったまま、笑い声のするほうへ歩いた。
5分ほど歩くと、に混じって子どもの笑い声が聞こえた。
このに、従業員の族がんでいるとは聞いていない。
やがて々の向こうに、見覚えのない平が現れた。いの壁、真しいウッドデッキ、庭先の青い輪。軒にはさな靴が2並び、洗濯物ので男物の紺の作業着が揺れていた。
胸に縫いつけられた「梨果」の文字を見た瞬、指先から力が抜けた。保温容器の取っが掌にい込み、がじわりと伝わる。
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玄関がき、30代くらいの女性が洗濯籠を抱えててきた。彼女は私を見るなりを止めたが、すぐに営業用の笑顔を浮かべた。
女性が着けている成りのエプロンには、赤いりんごの刺繍があった。健太郎が昨、「取引先からもらった」と持ち帰ったものと同じ柄だ。あのとき彼は、私には似わないから会社で使うと言っていた。些細な記憶が、目のの暮らしと結びついていく。
「どちらさまですか。ここは私ですけど」
「梨果園の者です。このは、いつ建てられたんですか」
私が尋ねると、女性の顔から笑みが消えた。答えるより先に、5歳くらいの男の子がからびし、その腰に抱きつく。続いて、赤いカーディガンを着たさな女の子が、縁側からこちらを覗いた。
男の子のには、健太郎が毎晩使っているのと同じ黒いスマートフォンケースが握られていた。
「それ、誰の?」
私の声は、自分でも驚くほど静かだった。
は何の疑いもなく笑い、のを指さした。
女の子も兄につられ、「ぱぱ、ねんね」とさく付けした。女性が慌てて2を抱き寄せる。そのの薬指には、細いの指輪がっていた。
「パパのだよ。僕のパパは、健太郎だよ」
第2話 6からの妻
の言葉が、りんごの甘いりを瞬で消した。
私は3に健太郎と結婚した。
目のの子はどう見ても5歳で、その隣には3歳くらいの女の子がいる。単純な計算なのに、が答えを拒み、保温容器を抱えた腕だけが自然にこわばった。