"3万円を払った元タクシー運転手" 第3話
録音が始まった図だった。
信号待ちになるたび、蛭田は苛ったようにハンドルを指で叩いた。そして独り言を装いながら、「こんなに墓参りねえ」「寄りって暇でいいよな」など、わざと私に聞こえる声で呟いた。
腹がたなかったと言えば嘘になる。
しかし、それ以にしかった。
40、私も同じ運転席に座っていた。
お客は荷物ではない。
ひとりに目があり、待っているがいて、それぞれの事を抱えて部座席に座っている。
蛭田には、その姿が見えていないらしい。
彼にとって私は、の悪そうな齢女性。
も料もよくらず、いを請求されても泣き寝入りする客。
それだけだった。
霊園へづくにつれ、私はりより静になっていった。
この男が最に何をするのか。
それを見届けてからこう。
そして霊園入でが止まった、蛭田は予をはるかに超える額をにした。
「料、3万円です」
霊園から帰宅した頃には、空はすっかり暗くなっていた。帰りは管理事務所の職員が気を利かせて別の会社のタクシーを呼んでくれ、料は1,700円ほどだった。往で3万円を取られた話はしなかったが、レシートを受け取った、その額の差を改めて目のへ突きつけられた気がした。
濡れたコートを脱ぎ、台所で温かいお茶を淹れると、私は古い帳を取りした。
広告
かつて乗務していた頃から使っていた癖で、しでも気になる来事があると刻や所をき残す。記憶が鮮なうちに、乗刻、刻、した、両番号、乗務員証に記載されていた蛭田の名と番号をき込んだ。
その、スマートフォンの録音を再した。
〈お客さん、運転してるのは俺なんだけど〉
〈寄りはでしくしてりゃいいんだよ〉
〈料は3万円です〉
〈この距は貸切扱い〉
〈領収なんていらないでしょう〉
音声はった以にはっきり残っていた。
私は途で録音を止め、く息を吐いた。
これなら、なくとも自分の記憶だけを頼りに話す必はない。
そこへ玄関の鍵がく音がした。
「お母さん?」
結子だった。
のを墓参りへった私が配で、夕の惣菜を持って寄ってくれたらしい。台所へ入ってきた娘は、テーブルのに広げられた帳とスマートフォンを見て、すぐに何かあったと察した。
「どうしたの?」
私は最初から順番に説した。
メーターを使わなかったこと。
らかに回りしたこと。
5kmほどの距で3万円を請求されたこと。
領収を断られ、を払うまでろさないような言い方をされたこと。
話がむにつれ、結子の顔が険しくなっていった。
「ちょっと待って。3万円、本当に払ったの?」
「払ったわ」
「なんでよ!」
広告
娘はわず声をきくした。
「そんなの、そので警察呼べばよかったじゃない。お母さん、タクシーのこと分かってたんでしょう?」
「分かっていたから払ったのよ」
「どういうこと?」
私は録音を再した。
蛭田の声が台所に流れると、結子は言も挟まなくなった。最まで聞き終えた、テーブルへ両を置き、「最」と呟いた。
「でもお母さん、本当に怖くなかったの?」
「怖かったわよ」
私は正直に答えた。
運転していたからといって、密の内で相が何をするかまで分かるわけではない。の悪い64歳の女性が、霊園くの気のないで男と揉めれば、こちらが圧倒に利だった。
だからそのでは払った。
全にからりる。
相の名と両を確認する。
能なら証拠を残す。
それから正式な所で争う。
昔から事故や料トラブルを何度も見てきた私には、それが番確実だとえた。
「でも、3万円返ってこなかったら?」
「返ってこなくてもいい」
結子は驚いた顔をした。
私は帳を閉じ、娘の目を見た。
「これはね、私の3万円の話じゃないの」
蛭田の態度には迷いがなかった。
額な料を請求するも、領収を拒むも、こちらが順を指摘したも、言葉がすらすらてきた。
初めてやったなら、もっと揺する。
「あの、慣れてたわ」
「にもやってるってこと?」
「たぶんね」
私は断言はしなかった。
しかし40、数え切れない運転を見てきた覚がそう告げていた。