"3万円を払った元タクシー運転手" 第2話
このままでは終わらせない。
あのの始まりは、午1をし過ぎた頃だった。朝からがり続き、台所の窓から見える庭のには細かな滴がびっしり付いていた。仏壇のへを供えた私は、いつものように邦夫の遺へをわせてから、霊園へく支度をしていた。
ちょうどその、娘の結子から話がかかってきた。今が父親の命だと覚えていたらしく、「こんななんだから、お墓は来週でもいいんじゃない?」と配そうに言う。私は膝をさすりながら、「お父さんが待ってるから」と答えた。
「待ってないって。お父さん、そんなことでるじゃなかったでしょう」
「分かってるわよ。でも私がきたいの」
「じゃあタクシー使ってね。絶対歩かないでよ」
娘には黙っていたが、最はのになると膝の痛みがくなっていた。若い頃にタクシーをりた際、滑って痛めた古傷が、齢とともに悪化しているらしい。霊園最寄りのバスから坂を歩くことを考えると、そのの私は最初からタクシーを使うつもりだった。
普段頼んでいる会社へ話すると、の響でが払っていると言われた。30分以待つ能性があるというので、蔵庫に貼ってあった域報誌の広告を見て、《宮坂交通》という会社へ初めて話をかけた。
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話の女性はよく対応し、15分ほどで迎えにけると言った。
やって来たのが蛭田だった。
のへ止まったタクシーを見た瞬から、私はわずかな違を覚えていた。の部にはがねた跡が残り、のだというのに運転はりて傘を差すこともなく、部座席の自ドアだけをけた。
「宮ヶ丘霊園までお願いします」
私が乗り込むと、蛭田は「ああ、はいはい」と気のない返事をした。内には古いタバコのような臭いが残り、ダッシュボードのにはペットボトルと競馬聞が無造作に置かれていた。
それでも、内が散らかっている程度なら、単に几帳面ではない運転というだけの話である。
私が本格に警戒したのは、りして30秒ほど経ってからだった。
メーターが倒されていない。
普通なら実状態を示す表示へ変わるはずなのに、何も表示されないままは宅を抜けていく。それどころか蛭田はメーターへを伸ばす様子すらなかった。
私はすぐには何も言わなかった。
40この仕事をしていれば、運転が単純に操作を忘れたのきと、図に触れないの違いくらい分かる。蛭田は忘れているのではなく、最初から操作する気がなかった。
さらに数分、は霊園へ向かう最ルートかられた。
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宮ヶ丘霊園へくなら、県をへみ、川沿いのを抜けるのが番い。ところが蛭田は反対方向の通りへ入り、渋滞している駅方面へを向けた。
「運転さん、川沿いからった方がいんじゃありませんか?」
私が穏やかに尋ねると、蛭田は舌打ちをした。
「のはあっち混むんですよ」
「このなら、そんなに混まないといますけれど」
「お客さん」
声の調子が急にくなった。
「運転してるのは俺なんだけど。素がいちいちにさないでくれます?」
私は「そうですか」とだけ答えた。
その瞬、蛭田の態度がさらに変わった。どうやら私がく言い返さないことで、完全に扱いやすい客だと判断したらしい。
「体さあ、最の寄りってすぐが違うとか言うでしょう。昔のしからないくせに」
「く運転されているんですか?」
「いですよ。20以やってるんだから、黙って任せてください」
私は窓のへ線を移した。
蛭田が通ったはらかな回りだった。それでも私は論せず、コートのポケットへそっとを入れた。
スマートフォンを取りす必はなかった。
画面を見なくても、側面のボタン操作だけで録音を始められるよう設定してあったからだ。
かつて乗務していた頃、酔客や料トラブルに遭うこともあった。邦夫から「何かおかしいとったら、記憶だけに頼らず記録を残せ」
と何度も言われ、それが今でも体に染み付いている。
さな振が度伝わった。