"3万円を払った元タクシー運転手" 第1話
「料は3万円です」
運転はを向いたまま、まるで最初から決まっていた額を読みげるように言った。私が乗った所から霊園までは、まっすぐれば5kmにも満たない。しかも内の料メーターは、発してから度も作していなかった。
「3万円……ですか?」
私が聞き返すと、運転席の男はルームミラー越しにこちらを瞥した。60歳だろうか、髪交じりの髪をく刈り、し伸びた無精ひげのにい笑みを浮かべている。その目は、驚いている私を見て楽しんでいるようにも見えた。
「今は貸切扱いなんですよ。のの割増も入ってます。それにメーターが故障してましてね」
そんな説がでたらめであることくらい、私には最初から分かっていた。それでも私はそので鳴ったり、運転を問い詰めたりはしなかった。膝には古い傷があり、はたいがっているうえ、ここは自宅かられた霊園の入りだったからだ。
「領収をいただけますか?」
「領収?」
男はで笑った。
「そんなもの、おばあちゃんにはいらないでしょう。現でお願いしますよ」
コートのポケットのでは、乗してもなく起しておいたスマートフォンの録音能がまだいている。私は財布を取りし、震えているように見える指で1万円札を3枚抜いた。
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そして男の差ししたへ、ゆっくりねた。
「分かりました。払います」
「最初からそうしてくれりゃいいんですよ」
男は札を受け取ると、満そうに数えた。私がドアをけるまで、彼は度も振り返ろうとはせず、「こういうのに墓参りなんて、寄りは変だねえ」と最までを馬鹿にした調を崩さなかった。
をりる直、私は助席の背面に掲げられた乗務員証をもう度見た。
《蛭田 誠》
そのには所属会社の名と乗務員番号がかれていた。
私は何も言わずをりた。ドアが閉じた途端、タクシーはきくしぶきをげてりり、赤いテールランプがの向こうへ消えていった。
そのは、3にくなった夫・邦夫の命だった。
私は笠原子、64歳。夫をくしてからは、築30以になるさな軒で暮らしをしている。38歳になる娘の結子はで15分ほどのマンションにんでいるが、互いに気を使いすぎないよう、今もまいは分けている。
のをゆっくり歩き、墓のまでたどり着くと、私は持ってきたを供えた。膝は痛んでいたが、それ以に胸の奥に残っているものの方がかった。
「お父さん、聞いてくれる?」
私は濡れた墓へを当てた。
「今ね、とんでもない運転に当たったの」
もちろん返事はない。
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それでも、タクシーの仕事にの半を費やした夫なら、今の話を聞けばどんな顔をしただろうとった。
邦夫は運転ではなく、タクシー会社で運管理をしていた。そして私自も、22歳から62歳まで約40、タクシーやハイヤーの運転席に座り続けてきた。
女性運転など珍しかった代だった。
のには、お客の元が濡れない所へできるだけを寄せた。具の悪そうな齢者なら玄関まで荷物を運び、眠ってしまった子供を連れた母親なら、急ブレーキをかけないよう普段以に慎にった。
それが特別な親切だとったことはない。
料をごまかさない。必以の回りをしない。乗ってくれたを全に目へ送り届ける。
ハンドルを握るとして、それは当たりのことだった。
だからこそ、あの蛭田という男の態度が許せなかった。
私から取られた3万円が惜しいだけではない。あの慣れた調と迷いのないつきは、今初めていついたのものではなかった。
きっと、私よりにもいる。
料相をらない。
が悪く、途でりられない。
文句を言いたくても、怖くて言えない齢者。
そういうを選んで、同じことをしてきたのではないか。
に濡れた墓ので、私はコートのポケットを押さえた。
には、蛭田の声を最初から最まで残したスマートフォンが入っていた。
そのにはもう、3万円を取り返すことよりもなことがつ、私ので決まっていた。