"「洗剤を入れた嫁」にされた私" 第1話
額をに擦りつけるようにして座する義母を、私は静かに見ろしていました。玄関のたいに両をつき、何度も「お願いだから」と繰り返す背は、私の記憶にある姿よりずっとさく見えました。
その隣では、夫が青ざめた顔でっています。かつては頼もしいとっていたその背も、今では肩を丸め、震える声で「もう度やり直そう」と繰り返すだけでした。
「頼むよ。俺が悪かった。今度こそちゃんとするから」
私は返事をせず、元のお茶をみました。しまでかったはずなのに、いつのにかぬるくなっていて、普段なら気にならない苦だけが舌のに残りました。
半の私なら、きっと泣いていたといます。
義母に責められれば自分の至らなさを探し、夫に鳴られれば「私にも悪いところがあるのかもしれない」と悩んだでしょう。族なのだから、しくらいしなければいけないとい込んでいたからです。
けれど、そのの私には涙もりもありませんでした。
い夜勤を終えた朝のように、体は疲れているのにの芯だけが妙に冴えていました。
テーブルのには婚届が置かれています。
私は夫のへそれを滑らせ、もう度だけ言いました。
「く署名して、判を押してください」
夫の指先が震えました。
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義母は顔をげると、信じられないものを見るような目で私を見ました。ほんの1か、このたちは私に「ていけ」と言い放ったばかりなのです。
それなのに今は、私がをていくことを必で止めようとしている。
私はその景を眺めながら、すべての始まりをいしていました。
私は45歳で、助産師として働いています。
分娩には独特の緊張があります。い陣痛に耐える妊婦さんの呼吸、医師や護師のい声、計の針がむ音までが妙にはっきりとに入る瞬があります。
そして赤ちゃんの泣き声が響いた瞬、張りつめていた空気が気にほどけます。
私はその瞬が好きでした。
しい命がまれてくるにち会い、母親がほっとしたように赤ちゃんを抱く姿を見る。その仕事にく携われることを、私は誇りにっていました。
もちろん楽な仕事ではありません。
夜勤もありますし、オンコールのには、真夜であろうと病院から連絡が入ればび起きなければなりません。
携帯話が鳴るたび、体が反射にきました。
休みも規則で、夫とはすれ違うことがなくありませんでした。それでも私は、夫婦仲は悪くないとっていたのです。
疲れ切って帰宅すると、夫はよく言ってくれました。
「今もお疲れ」
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病院から急な呼びしが入れば、
「気をつけてな」
と送りしてくれました。
たったそれだけの言葉でも、私には分でした。
事がき届かないがあっても責められない。く緒に暮らしてきたからこそ、わざわざ言葉にしなくても分かりえている。
そんなので、私はこの先も同じように夫とをねていくのだとっていました。
そのい込みが崩れ始めたのは、あるの夕でした。
夫が妙に言いづらそうな顔で切りしたのです。
「父さんが最、ちょっとボケてきたみたいなんだ」
私は箸を置きました。
「お義父さんが?」
「母さんも変らしくてさ」
夫は私と目をわせず、テーブルの端を見ながら続けました。
「それで……同居しようとう」
胸の奥に、すっとたいものが入り込みました。
夫は慌てたように言葉をしました。
「にがいた方が刺激になるだろ。認症もみにくいっていうし。母さん1じゃ変だから」
その言葉を聞いた、私は友から何度も聞かされていた話をいしました。
義両親との同居で疲れ切り、会うたびにため息をついていた友です。
「同居してうまくいった話なんて、私はほとんど聞いたことがないよ」
そう言っていた彼女の顔が浮かびました。
はありました。
けれど、認能が落ちてきたという義父を放っておくこともできません。
夫は1息子でしたし、親を配する気持ちも理解できました。
私はしばらく迷った末に言いました。