"「ただいま」と帰った亡き夫" 第2話
そう言って、信夫が昔のままっている気がした。
けれど現実には、節子を育てなければならなかった。
翌、佐子は隆と再婚した。
盛な結婚式はしなかった。
親戚を数呼び、赤飯を炊いただけだった。
その夜、隆は5歳になった節子のへ座った。
「無理に、お父ちゃんって呼ばんでいいからな」
節子は議そうに首を傾げた。
「じゃあ、なんて呼ぶの?」
隆は返事に困って笑った。
結局、数かには節子の方から自然に「お父ちゃん」と呼ぶようになった。
それから6。
隆は度も、節子を「連れ子」と呼ばなかった。
学の運会にも来た。
がれば背負って病院へ連れてった。
節子が自転を欲しがったには、半酒をやめてを貯めた。
いつのにか佐子も、ようやくえるようになっていた。
自分の戦争は、もう終わったのだ。
信夫を忘れたわけではない。
けれど信夫のいないを、やっとき始めたのだと。
そのの午。
はまだり続いていた。
佐子が洗った茶碗を拭いていると、玄関を叩く音がした。
誰だろうといながらを布巾で拭き、戸をけた。
そこに、らない男がっていた。
古びた套。
痩せこけた頬。
きな荷物。
髪にはいものが混じっていた。
40歳をし過ぎたくらいに見えた。
男は何も言わず、佐子を見つめた。
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佐子もけなかった。
顔は、記憶のとはまるで違っていた。
けれど。
目だけはっていた。
男の唇がいた。
「佐」
佐子の指から、布巾が落ちた。
その呼び方をするを、佐子は1しからなかった。
男はしだけ笑った。
そして、11と何も変わらない声で言った。
「ただいま」
佐子は返事ができなかった。
目のにいる男を見ながら、のでは何度も同じ言葉が繰り返されていた。
信夫。
信夫なのか。
本当に。
玄関先にはたいが吹き込み、男の肩に積もったがしずつ溶けていた。それでも佐子は、戸を閉めることもへ招くこともできなかった。
「佐」
男がもう度名を呼んだ。
その声でようやく、佐子の膝から力が抜けそうになった。
11、んだとらされた夫。
遺骨もないまま墓を作り、位牌まで置いた男。
その本が、今、自宅の玄関にっている。
「……信夫さん?」
やっとた声は、自分のものではないように震えていた。
男は頷いた。
「そうだ」
佐子は戸の柱へをついた。
昔よりずっと痩せている。
頬はこけ、の甲にはい皺が刻まれていた。
けれど目尻の形も、笑うにし片方の角ががる癖も、確かに信夫だった。
「きて……」
その先が言葉にならなかった。
信夫も黙っていた。
やがて佐子は、ようやく男をのへ入れた。
信夫は玄関で靴を脱ぎながら、ゆっくりとのを見回した。
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当然ながら、昔のとは違っていた。
具の位置も変わっている。
らない子どもの履がある。
男物の仕事靴も置いてある。
それでも信夫は、何も聞かなかった。
茶のへ通すと、佐子は震えるで茶を入れた。
信夫は湯呑みを両で包み、ちる湯気をしばらく見つめていた。
「どうして……今まで……」
佐子が尋ねると、信夫はしずつ話し始めた。
旧満州で終戦を迎えた、ソ連軍に拘束されたこと。
そのままい抑留活へ入ったこと。
収容所が何度も変わったこと。
本の族へ自由に連絡できるような状況ではなかったこと。
帰国の話がては消え、そのたびに諦めず待ち続けたこと。
自分が本でしたものとして扱われていることなど、らなかったという。
「帰れると決まったは、かとった」
信夫は湯呑みを見たまま言った。
「鶴へ着いてからも、何度も目が覚めるんじゃないかとったよ」
鶴から列を乗り継ぎ、昔の所を頼りにこの町まで来た。
駅からは歩いた。
のくへ来た、がし変わっていて迷ったという。
「が残っててよかった」
その言に、佐子の胸が痛んだ。
このは残っている。
けれど、で暮らしている族は、信夫がっていたものとは違っている。
信夫が顔をげた。
「節子は?」
佐子は答えられなかった。
赤ん坊だった娘。
信夫が収容所の寒さので何度もいしたという娘。
今は12歳になっている。