"遺産は腐った倉庫だけ" 第3話
が角を曲がると、は見えなくなった。
ポケットので、古い計が太腿へ当たった。
浩司はそれを取りした。
針は420分で止まったままだった。
父がくなる3、声をせなくなった正はこの計を指先で2度叩き、それから窓の向こうのを指していた。
あの、浩司はを尋ねているのだとった。
しかし父は、止まった計から目をさないまま、何かを伝えようとしていた。
第3話 見る価値もない
3、浩司は苗と千恵を連れ、相続した倉庫へ向かった。
岡の部からで20分ほどれた際にあり、周囲には畑と使われなくなった作業が点している。最寄りのバスから歩けば、緩い坂を30分くらなければならない。
敷へ入ると、錆びたスレート根の部が浮き、壁には枯れた蔦が張りついていた。
「本当にここなの?」
千恵が尋ねた。
浩司は遺言に添付された番と、入の古い表示板を見比べた。
「違いない」
京錠へ触れると、赤い錆が掌についた。鍵を差し込み、何度か回す。い引き戸をけた途端、湿ったと械油が混じった匂いが流れてきた。
倉庫のは暗かった。
腐りかけた棚が壁沿いに並び、錆びた具や属部品が置かれている。根から落ちたがの部へ染み込み、さなたまりを作っていた。
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苗は井を見げた。
「売るにしても、先に漏りを直さないと難しそうね」
浩司は黙って側の壁へづいた。
父が病から指した方角と同じ側だった。だが壁の半分は枯れた蔦に覆われ、そのにはきな作業台と古い棚が隙なく置かれている。
を当てると、たい湿気が掌へ移った。から見たと同じ、ただの老朽化した壁にしかえない。
作業台のには、紺の作業着が折り畳まれていた。
浩司が持ちげて埃を払うと、胸の刺繍が現れた。
《武田精密》
父がで働いていた頃、毎着ていただった。
武田精密は、正が35歳で始めただった。計部品から発し、医療器や半導体製造装置に使われる型部品まで扱うようになった。最盛期には30い職が働いていたが、正が倒れた8、従業員への退職を支払い、設備と用を理して会社を閉じたと聞いている。
浩司がっていたのは、そこまでだった。
父はの売却代がいくら残ったのか、最まで話さなかった。裕も何度も尋ねたが、正は「従業員へ払えば残らない」と答えるだけだった。
「おじいちゃんの匂いがする」
千恵が袖へ触れた。
本当は残った械油の匂いだろう。それでも浩司は訂正しなかった。
その、敷へが入ってきた。
裕が相続したばかりの黒い級だった。
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運転席から裕、助席から美咲がりる。
「くの田畑を見に来たついでよ」
美咲はそう言いながら、すでにスマートフォンを構えていた。倉庫の観を撮し、を避けるようにへ入る。
「ひどい臭い。お義父さんも、よくこんな物を残したわね」
裕はを押さえ、入からかなかった。
「解体で300万はかかるぞ。を売っても赤字じゃないのか」
「それでも相続させてもらえたんだから、文句は言えないでしょう」
美咲はスマートフォンを千恵へ向けた。
「よく見ておきなさい。お父さんみたいに、目先のおにもならないことばかりしていると、最にもらえるのはこういう物よ」
千恵の表が固まった。
「父は、おをもらうために介護していたんじゃありません」
「そう。だからおをもらえなかったんでしょう」
美咲は笑い、もう度側の壁を撮った。作業台と腐った棚に隠された、何の変哲もないの壁だった。
浩司は娘のへた。
「千恵に言うことではないでしょう」
「事実を教えてあげただけよ」
裕が美咲を呼んだ。
「もうくぞ。見る価値もない」
2は倉庫を周することさえなく、へ戻った。黒いはぬかるみにいタイヤ跡を残し、そのまま坂をっていった。
エンジン音が消えると、倉庫は再び静かになった。
千恵は俯いたまま父の袖をつかんでいる。
浩司はえた指を包むように、そのを握った。
「お父さんは、何も違っていないよ」