"山に捨てられた妻は立ち上がる" 第3話
その彼女が、単なる続きの確認であんな顔をするはずがない。
佳奈は問いただそうとしたが、舌がうまくかなかった。健は彼女のバッグをまとめながら、何でもないことのように言った。
「印鑑や通帳は俺が預かる。病院に置いておく方が危ない」
「待って……会社の、鍵は……」
「おは治すことだけ考えろ」
しい病院へ移った夜、薬が切れ始めるのを待って、佳奈はベッド脇のバッグをけた。財布もスマートフォンも入っている。しかし、会社の庫に使うカードキーと、黒い革ケースが消えていた。
革ケースのに入れていたのは、佳奈個の実印だった。
第3話 夜1の類
転院して1週の夜、佳奈はドアがく音で目を覚ました。
計は1を回っていた。その夜は背の痛みがく、消灯に鎮痛薬と眠導入剤を用している。まぶたはく、声をそうとしても喉の奥で息が漏れるだけだった。
音がベッドの横で止まった。
健だった。
面会はとっくに終わっている。けれど彼は護師に、妻ががって眠らないと話し、特別にの入を認めさせていた。
健はも見いの品も持っていなかった。にしていたのは紺の類かばんだけだった。
ソファへ腰掛けると、スマートフォンをてかけ、誰かとビデオ通話を始めた。
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画面は佳奈から見えなかったが、女の声がさく聞こえた。
「顔は映さなくていい。元だけで分よ」
健はかばんから数枚の類と朱肉、佳奈の実印を取りした。
最初の類には、代表取締役辞任届とかれていた。次は株式譲渡に関する委任状。そのには、座の商業ビルの売買に関する代理権授与がねられている。
売却先として記されていたのは、Rアセットマネジメント同会社という聞き覚えのない会社だった。売買価格の欄には12億円とある。座の物件だけでなく、神田と本の物件についても、処分を任するという文言が並んでいた。
さらに別のには、鈴設計の株式70%を健の指定する第者へ譲渡する権限までかれている。
度署名と実印をそろえてしまえば、健はそれらを司法士や融関へ持ち込み、佳奈が自ら望んだ取引に見せかけるつもりなのだ。
佳奈は腕をかそうとした。指先に力を入れたつもりだったが、はシーツのに横たわったままだった。
健は佳奈のを持ちげ、ペンを握らせた。そのから自分の指をね、あらかじめく印刷された線をなぞっていく。
鈴佳奈。
自分の名が、自分ではないのによってかれていく。
「もうしゆっくり。本がいたように見せて」
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スマートフォンから女の声がした。
落ち着いた、若い声だった。佳奈は記憶を探ったが、すぐにはい当たらない。ただ、その女が会社の内部事だけでなく、佳奈の実印の形や保株式の割まで把握していることは分かった。
健は無言でき直し、今度は佳奈の指を実印へ巻き付けた。朱肉につけ、類の指定された所へ押しげる。
赤い印が残った。
1枚、2枚、3枚。
佳奈の識は沈みかけていた。それでも、実印がへ触れる鈍い音と、健の荒い息遣いだけはの奥に残った。
最の類へ印を押すと、健はスマートフォンをに取った。
「これでいいだろ」
「、登記の準備に入るわ。残りの物件は代表変更が終わってからね」
「ああ。あいつが余計なことを考えられる状態じゃないうちに全部済ませる」
「保険の受取変更も忘れないで。代表交代だけでは、まだ完成じゃないから」
女がそう言うと、健はく笑った。
「分かってる。最まできれいに片づける」
通話が切れた。
健は類をかばんへ戻したあと、佳奈の頬を軽くたたいた。眠っているか確かめるような触れ方だった。
「どうせ、もう歩けない」
佳奈の元へ顔を寄せ、い声で続ける。
「会社を作ったのはおでも、これから使うのは俺だ。俺は22、鈴佳奈の夫としか呼ばれなかった。もう分だろ」
音がざかり、ドアが閉まった。
翌朝、佳奈はの指に残った赤い朱肉を見つめた。夜の来事はではなかった。
回診に来た担当医へ、佳奈はをかけて頼んだ。