"七年目の爪痕" 第6話
野寺法律事務所の応接には、な革の匂いと古い判例集ののりが満ちていた。
川越駅からほどい雑居ビルの階。窓のでは、朝の通勤ラッシュに急ぐ々の傘が、がりのアスファルトのをとりどりにいている。
「……これが、お義父さんの遺言」
真帆のので、のが微かに震えていた。
京都内の公証役名と公証の印鑑、そして平成付の記録。
泰造が脳梗塞で倒れ、半の自由を奪われてからわずか半の付だった。
デスクを挟んで向かいう野寺弁護士は、黒縁の鏡の奥から、穏やかだが射るような鋭い線を真帆に向けていた。としきその貌には、百戦錬磨の法律だけが持つ徹な落ち着きが漂っている。
「信じられないのも無理はありません。ですが真帆さん、これは正真正銘、泰造様が完全な判断能力を保持していた期に作成された公正証遺言です。主治医による詳細な認能鑑定、公証名のち会い、すべて完璧な法続きを踏んでいます」
野寺は元のファイルをめくり、枚の診断を真帆のに置いた。
そこには、泰造が言葉こそ自由であったものの、能や事理弁識能力には切の瑕疵がなかったことが記されていた。
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「泰造様はね、真帆さん。倒れた当初から、すべてを見通しておられたのですよ」
野寺は静かに語り始めた。
「ご自が寝たきりになれば、妻の淑恵さんや息子の俊介氏が介護を放棄し、すべてをあなたに押し付けるであろうことを。そして、自分が息を引き取った瞬、あなたを厄介者として着の着のままで追いし、残された産をい潰すであろうことを」
真帆の胸が、激しく波打った。
「お義父さんは……そこまで分かっていて、私に何も言わずに……」
「言えなかったのです」
野寺は首を横に振った。
「もしにあなたへ告げてしまえば、あなたの優しい性格からして、俊介氏や淑恵さんに対する態度に迷いがじる。あるいは、欲なあの母子に勘づかれ、遺言の無効を訴える策を許してしまうかもしれない。泰造様は、ご自がぬその瞬まで、徹底して『無力でれな寝たきり老』を演じ切る覚悟を決められたのです」
野寺はを乗りし、真帆の目を見据えた。
「すべては、、ご自のをと排泄物にまみれさせながら寄り添ってくれたあなたに、佐伯のすべてを譲り渡すためです」
真帆の界が涙で滲んだ。
あの無だった義父の顔が浮かぶ。痛みに顔を歪めながらも、真帆が清拭を終えると、く方ので真帆の指先をそっと撫でてくれたあの温もり。
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『すまんな』
言葉にならない声で、何度も唇を震わせていた義父。あれは単なる介護への謝罪ではなかったのだ。
真帆を過酷な々に縛り付けていることへの、血を吐くような苦悶と、その果てに用した最の救済だったのだ。
だが、野寺の表はすぐに引き締まった。
「しかし真帆さん、戦いはこれからです。産と信託財産のすべてをあなたが相続するとしても、本の民法には厄介な壁がします」
「……壁?」
「『遺留分』です」
野寺が机を指先で軽く叩いた。
「どれほど公正証遺言で『すべてを真帆に遺贈する』とかれていても、実子である俊介氏と由梨氏、そして配偶者である淑恵さんには、法律最限保障された遺産の取り分――すなわち遺留分を請求する権利(遺留分侵害額請求権)が残されています。この佐伯邸の敷と建物は、川越の等です。現の評価額で、優に億千万円をらない」
真帆の息が止まった。億千万。
「法定相続であるが遺留分を主張した、あなたはその分のから半分に相当する額……つまり、数千万円単位の現を彼らに支払わなければ、この敷を完全に守り抜くことはできません。俊介氏は員です。その程度の法律識は当然持っているはずだ」
「そんな……数千万なんて、私に払えるわけがありません」
真帆のがたくなった。
結局、自分はあの敷を売り払い、得たの半を俊介たちに奪われるしかないのか。