"身代わりの爪痕" 第10話
かつて町番の美貌を誇り、誰もが振り返るほど華やかだった姉・里帆の面は、そこにはほとんど残っていなかった。
しかし、その切れの瞳に宿る鋭いだけは、違いなく姉のものだった。
「お姉ちゃん……!」
志乃が駆け寄ろうとすると、里帆は素くを挙げて制した。 周囲を鋭い線で見回し、防犯カメラの角になる舗裏の資材置きのドアへと志乃を引きずり込む。
音に紛れ、トタン根のでは向きった。
「ぶりね、志乃。……無事でよかった」
里帆の声はく、乾いていた。
「どうして……どうして今まで連絡をくれなかったの? お母さんが、借のために私をあの男に……」
「ってたわ」 里帆は自嘲気に元を歪めた。
「お母さんが、あの百万円の借を帳消しにするために、あんたを拓真に差しすことは分かってた。……止められなかった。あのの私は、自分がき延びるだけで精杯だったのよ」
「拓真さんが、何をしたっていうの? の婚約者のこと、お姉ちゃんはどこまでってるの!?」
志乃の問いに、里帆はコートの内ポケットから、濡れを防ぐためのジッパー付きビニール袋を取りした。 に入っていたのは、数枚の類のコピーだった。
「これを見なさい。、浴でんだ倉科美加さんの司法解剖鑑定の抜粋よ。美加さんのお母さんが、警察に再調査を求め続けて、ようやく弁護士経由でに入れたものよ」
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里帆のが、りで微かに震えていた。
「美加さんの因は『溺』。けれど、胃の内容物と血液から、検限界ギリギリの微量な眠導入剤の成分が見つかっていたの。……処方箋なしではに入らない、力なベンゾジアゼピン系の薬よ」
志乃の背筋に、氷柱を突きてられたような悪寒がった。
「警察は、美加さんが自分で眠薬をんで入浴し、誤って溺れた事故として処理した。神建設の先代会が、警察の幹部に額の寄付をしていたから、事件化をもみ消したのよ」
里帆は志乃の肩をく掴み、その瞳を真っ直ぐに見据えた。
「のあの夜、私がをびした……拓真は階の窓から、逃げる私を見ろしていたわ。りもせず、追いかけもせず、ただ笑いを浮かべてね。そして、私の携帯にメッセージを送ってきたの」
『逃げればいい。妹の方が、ずっと従順で扱いやすい』
志乃のの奥で、キリキリと属が擦れうような音がした。 あの結婚式の朝、拓真が志乃のを握りしめて囁いた言葉。 ――志乃さん。やっぱり、あなたの方がよく似いますね。
すべては、仕組まれていたのだ。 最初から、志のい姉ではなく、親に逆らえず、することしからない志乃こそが、拓真の獲物だったのだ。
里帆のたい指先が、志乃の青ざめた唇に触れた。
「志乃。
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あいつ、毎晩あなたに温かいミルクを作って持ってくるでしょう?」
志乃の呼吸が止まった。
「……まさか、毎滴も残さず、んでいたんじゃないでしょうね?」
コインランドリーの乾燥が発する鈍い振が、の裏から蓋骨へと伝わってきた。
「……んで、いました」
志乃の声は、蚊の鳴くような震えになって消えかけた。
「結婚してから、ほぼ毎晩。拓真さんが、体が温まるからって……」
「やっぱりね」 里帆は吐き捨てるように言った。その目には、妹への憐れみと、神に対する底れない憎悪が渦巻いていた。
「あいつの常套段よ。いきなり致量をませたりはしない。毎晩、極微量の眠薬をミルクに混ぜて摂取させ、性な倦怠と判断力のを植え付けるの。考える気力を奪い、自分のルールに従順な形に仕てげるためにね」
志乃の脳裏に、このの記憶が急速に蘇った。 どんなにく寝ても取れなかった朝の鉛のようなだるさ。 夜に激しいがあっても度も目が覚めなかった異常な熟。 「君はし体がいから、にいた方がいい」と微笑みながらすら制限してきた拓真の顔。
すべては、薬によって作られた檻だったのだ。
「美加さんもそうだったのよ」 里帆が類を指差した。
「美加さんは記を残していたの。神での暮らしが始まってから、急速に気力を失っていった様子がかれていた。