"身代わりの爪痕" 第9話
「お呂からがったら、これをんで温まるといい。さあ、もうだよ、志乃」
「はい……」
志乃は着替えを抱え、逃げるように脱所へ入った。 内鍵をかけることは許されていない。
を脱ぎ捨て、湯気でく濁った浴へを踏み入れる。 計の針は、午分を指していた。
臓が鐘のように鳴り響く。 志乃は浴槽の縁に片をかけ、い位置にあるすりガラスの窓へとを伸ばした。 はたいのがり始めている。
カチリ。 型のクレセント錠を回し、窓のロックを解除した。 ほんの数ミリ、の湿った気が浴内に滑り込んできた、その瞬だった。
トントントン。
浴のいプラスチックドアを、からノックする音が響いた。
「志乃? の音がしたけれど……窓をけたのかい?」
扉のすぐ向こう側に、拓真の気配があった。
志乃は喉の奥で鳴をみ込み、反射に窓のサッシを押し戻した。
「い、いえ! し湯気がこもって息苦しかったので、換気扇のスイッチをにしただけです!」
声が震えないよう、必で喉の筋肉を引き絞った。 扉の向こう側で、い沈黙が流れた。すりガラス越しに見える拓真のは微だにせず、ただじっと浴のを伺っているようだった。
「……そうかい。えると体に障るからね。湯は駄目だよ」
音がゆっくりとざかっていった。
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志乃は浴槽のヘリに崩れ落ち、濡れた両で顔を覆った。臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく脈打っていた。
姉のメッセージは何だったのか。 窓をけたところで、はメートルのいブロック塀に囲まれた裏庭だ。ここから逃げせるはずがない。
午半。 浴をた志乃に、リビングのソファで待っていた拓真が温かいマグカップを差しした。
「お疲れ様、志乃。今夜はし蜂蜜をめに入れておいたよ」
カップを受け取る志乃のが、わずかに震えていた。 褐の瞳でじっと自分を見つめる拓真。その線から逃れるように、志乃はカップにをつけた。 甘く、しみのあるミルクのが舌に広がる。
「……美しいです。ありがとう、拓真さん」
「全部み干してね。今夜はぐっすり眠れるはずだから」
拓真が満そうに微笑み、テレビのニュースに目を戻した。 その隙を見計らい、志乃は元を繰ったタオルで覆い、まだみ込んでいなかった分のミルクを、タオルのにそっと吐きした。
午。 拓真のスマートフォンが鳴った。の建材取引先からの緊急連絡だった。 「斎で通話してくる。君は先に寝へって休みなさい」 拓真は階段をがっていき、階の斎のい扉が閉まる音がした。
今しかない。 志乃はリビングの隅に置いてあった、コインランドリー用のきなランドリーバッグを掴んだ。
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には、あらかじめクリーニングにす予定だった真用のの羽毛布団とコートが詰め込んである。
そして、志乃は自分のスマートフォンをコートのポケットの奥くに押し込み、ファスナーをきつく閉めた。 拓真のGPS監を欺くための、唯の策だった。
玄関を音もなくけ、志乃は砂りの夜のへとびした。
たいが容赦なく顔を叩く。傘を差す余裕もなく、志乃は宅の暗がりをひたすらった。 目指すのは、から百メートルほどれた幹線沿いにある、営業のコインランドリーだった。
夜のランドリーは、蛍灯の青いに満たされ、はつもなかった。 何台もの乾燥が、く唸るような音を響かせながら無で回転している。
志乃は濡れたで型乾燥の扉をけ、スマートフォンを入れたままのコートと羽毛布団を放り込んだ。百円玉を枚投入し、スタートボタンを押す。 ゴウン、とドラムが回転を始めた。
これで、拓真の画面には「志乃がランドリーに滞している」という位置報が固定され続ける。
「志乃」
背から、く掠れた声がした。
志乃が息を呑んで振り返ると、舗の奥、洗剤の自販売のからのが歩みてきたところだった。
黒いレインコートのフードをく被り、痩せこけた頬には隠しきれない疲労が刻まれている。