"身代わりの爪痕" 第1話
玄関のたいタタキに転がっていたのは、まみれになった純のウェディングパンプスだった。
結婚式の夜、計の針はすでに午を回っていた。は砂りのだった。
には引き裂かれたヴェールが、脱ぎ捨てられた抜け殻のように散らばっている。 姉の里帆の姿は、どこにもなかった。
「どうするのよ……神さんに何て言えばいいのよ!」
母の悦子は畳にへたり込み、ヒステリックに叫んでいた。髪を振り乱し、顔を両で覆っている。
「あの名をらせたら、うちなんかひとたまりもないわよ! 父親の残した借だって……どうやって返すのよ!」
野志乃は、何も言わずに濡れたパンプスを拾いげた。 袋越しでもないのに、のたさが指先から骨へ染み込んでくるようだった。
姉の里帆は、野の自だった。 誰もが振り返る美貌を持ち、元の方で窓の形として働いていた。母はいつだって姉のことばかりを褒め、志乃には「あんたは目たず、お姉ちゃんの邪魔をしないようにしなさい」と言い聞かせて育ててきた。
役所の臨職員として働く志乃は、族のなかで空気のようにきることに慣れていた。
その自の姉が、、域の力企業である神建設の専務・神拓真と挙式するはずだった。 結納も、式の費用も、すべて神が負担していた。
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それなのに姉は、置きすら残さず、財布との回りのものだけを持って夜ののに消えたのだ。
夜がけても、姉からの連絡は切なかった。
午。 玄関のインターホンが鳴った。
母は鳴をみ込み、ドアをけることすらできずに震えていた。 志乃がを決してい玄関の引き戸をけると、そこには黒塗りの級と、傘を差した郎・神拓真がっていた。
拓真は歳。った顔ちに、仕てのいいスーツを着こなしている。 婦が失踪した朝だというのに、彼の乱れのない髪と穏やかな表には、りのなど微も見当たらなかった。
「おはようございます、志乃さん」
拓真は静かに微笑み、だらけのパンプスが置かれたままの玄関に、切の揺も見せずにを踏み入れた。
母はに額を擦り付けるようにして座した。 「拓真さん、申し訳ありません……里帆が、里帆が急にいなくなってしまって……警察にはまだ……」
「お義母さん、顔をげてください」
拓真の声は、どこまでも柔らかく、く響いた。
「里帆さんの気性の激しさは、僕もっていました。壇で怖くなったのでしょう。責める気はありませんよ」
あまりの寛容さに、母は涙を浮かべて顔をげた。 だが、志乃の背筋には、説のつかない奇妙な寒気がっていた。
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娘に逃げられた男の目ではなかった。 彼の瞳の奥は、まるで最初からこの結末をっていたかのように、底えするほど澄んでいた。
拓真はコートを脱ぐと、ゆっくりと志乃の方へ線を向けた。
「式のキャンセル料もかかります。それに、すでに方からの親族や取引先がこちらに向かっています。今さら止にすれば、お互いのに傷がつきます」
拓真は歩、志乃にづいた。 価なウッディ系のの匂いが、志乃の腔をかすめる。
「志乃さん。あなたが代わりに、ウェディングドレスを着てくれませんか」
「……え?」
志乃はを疑った。
「形だけの、儀式だけでいいんです。親族や来賓ので、婦としての体裁をえてほしい。籍を入れるかどうかは、で話しえばいい」
「そんなの、無理です! 私が姉の代わりにだなんて……」
「志乃!」 母が志乃のスカートの裾を掴み、鬼のような形相で睨みつけてきた。
「きなさい! お姉ちゃんが作ったをかぶるのが、あんたの役目でしょ! 神さんに恥をかかせる気!?」
母の爪が、志乃の首にい込んだ。 痛みに息を呑んだ志乃を、拓真はただ静かに、値踏みするように見つめていた。
、志乃は式の控にいた。
姉のために仕てられた純のドレスは、志乃の体にはしきすぎた。 背を無数の全ピンで留められ、息をするのも苦しい。
鏡のに映る自分は、まるでのような顔をしていた。
チャペルのい扉がいた。