"二十七年目の嘘" 第5話
すまない」
藤本がをげた。
美智子は、をげないでほしかった。
に謝られる筋いはない。
夫が、妻の才能を「埋もれさせるのはもったいない」と言いながら、自分の名義で世にした。
それは盗作だったのか。
それとも、彼なりの「の回収」だったのか。
どちらにせよ、そこに「佐伯美智子」というのの尊厳はしていなかった。
ただ、夫のを豊かにするための素材として消費されただけだった。
喫茶をた、美智子はまっすぐに帰る気になれず、夕暮れのを歩いた。
スーパーの袋を提げた主婦たち。
を繋いで歩く親子。
かつての自分が、そのにいた。
私はあの暮らしをしていた。
決して嫌々やっていたわけではない。
子供たちの成を見守り、温かいご飯を作り、夫を送りす々に、誇りを持っていたはずだった。
けれど、その活の台が、夫のひとつの嘘によって築かれていたのだとしたら。
あのは、体何だったのだろう。
に戻ると、玄関に見慣れない革靴があった。
真由の婚約者のものだった。
居から、楽しげな笑い声が聞こえてくる。
美智子がドアをけると、真由と、スーツ姿の青――輔がちがった。
「お母さん、お邪魔してます」
輔は礼儀正しくをげた。
の広告代理に勤める、活で育ちの良さそうな青だ。
広告
「輔さん、いらっしゃい。お茶もさずにごめんなさいね」
「いえ、真由さんから聞きました。お父様のこと、本当に突然で……僕も何かお伝いできることがあればとって」
輔の言葉に、美智子はさく頷いた。
真由が輔の隣に座り、し照れくさそうに、けれど誇らしげに言った。
「お母さん、今輔さんとちゃんと話したの。私、結婚したら仕事辞めるね」
美智子のが止まった。
「辞める?」
「うん。輔さん、来のから名古支社に転勤が決まりそうなんだって。ついていくなら、今の会社は続けられないし」
真由は歳。
阪のIT関連企業で、マーケティングの仕事をしている。
学をてから、夜遅くまで働き、音を吐きながらも、やりがいをじていると言っていたはずだった。
「真由、あなた今の仕事、好きだって言ってたじゃない」
美智子の声がくなった。
輔が申し訳なさそうにをいた。
「お母さん、僕が無理いしたわけじゃないんです。名古にっても、落ち着いたらまた何か始めればいいって言ったんですが、真由が……」
「私が決めたの」
真由は輔の言葉を遮り、美智子をまっすぐ見据えた。
そのい瞳は、若い頃の自分に似ていた。
「輔さんの仕事を支えたいの。しいで、ちゃんと庭を作りたい。お母さんだって、そうやってお父さんを支えてきたんでしょ? 私、お母さんのこと、尊敬してるよ。
広告
だから同じようにしたいの」
尊敬している。
その言葉が、今の美智子にはどんな刃物よりもく突き刺さった。
「真由」
美智子は娘の目を見つめ返した。
「やめなさい。仕事を辞める必なんて、どこにもないわ」
真由の表が、瞬で張った。
居の空気が、凍りつくようにえていった。
真由の顔から、完全に血の気が引いていた。
輔が慌てて割って入ろうとする。
「あの、お母さん。僕たちの説がりなかったかもしれません。名古にくのは僕の都ですし、真由さんには無理のない範囲で――」
「輔さんは黙っていて」
美智子の声は、静かだったがえ切っていた。
輔は息を呑み、居悪そうにを閉じた。
「お母さん、何なのそれ」
真由の声が震えていた。りというより、突然拒絶されたことへの揺だった。
「私の結婚を祝ってくれないの? 輔さんと緒に暮らすために会社を辞めるって言ってるんだよ。何が悪いの?」
「仕事を辞めたら、あなたの世界はそこで閉じるのよ」
「閉じないよ! 今の代、落ち着いたらまた探せるし、パートだってあるし――」
「度放したものはね、度と元には戻らないの」
美智子はテーブルに両をついた。指先がくなるほど力を込めていた。
「『族のため』って言えば聞こえはいいわ。夫を支える優しい妻。子供のそばにいる派な母親。
世はそうやって褒めてくれる。でもね、、経ったとき、あなたには何が残るの? 夫の経歴と、子供の成だけよ。