"消えた神童、10年後の手紙" 第5話
その類が県警本部へ届いたのは翌週だった。
受け取ったのは、直だった。
37歳になっていた。
髪にわずかにいものが混じり、10より体つきもくなっていた。
類の表にある「桂町」「」という文字を見た瞬、のが止まった。
彼は10、その事件を忘れたことがなかった。
会議ではいたずらを疑う声がた。
「昔の事件をってるが、ドイツからしただけかもしれん」
「にいる本なら、いくらでもできる」
確かにその通りだった。
未解決事件には、審なや話がから届くことがある。
だがは、写真の切れ端のコピーを机へ置いた。
「裏の字は母親本のものだそうです」
「だから?」
「この写真は、のアルバムに貼られていたものです」
「アルバムは今も母親が持ってるのか?」
「はい。ただし、この部分だけ切り取られています」
部が静かになった。
つまり、ドイツから送られてきた写真は、平成13よりにのから持ちされたものだった。
触れることができた物は限られている。
「調べてみろ」
課が言った。
4末。
は県営宅を訪れた。
10ぶりに会うゆみ子は、記憶のより随分さく見えた。
畳の部へ通され、麦茶をされた。
はそれをんでから尋ねた。
「平成13ののことをいしてもらえますか」
広告
ゆみ子は湯呑みを両で包み、黙っていた。
「ご主から、何か変わったものを用してくれと言われたことはありませんか」
しばらくして、ゆみ子が顔をげた。
「戸籍謄本」
の指が止まった。
「戸籍謄本ですか?」
「8の初めです。陸のやつを取ってこいって。写真も、い背景の証写真を撮ってこいと言われました」
「理由は?」
「サッカーの征やと」
はそのでメモを取った。
翌、旅券関係の記録を照会した。
回答はすぐに来た。
平成13810。
陸名義の旅券が発されていた。
申請したのは父、剛。
さらに入国記録を調べた。
数。
は類を見たまま、しばらく子からてなかった。
平成131014。
関国際空港からドイツへ国。
陸、10歳。
同者。
ローデ節子、49歳。
父と息子が消えた翌。
陸はのなどにはいなかった。
きて本をていた。
陸の国が確認されたことで、10の事件は根本から形を変えた。
父親が息子を連れてへ入った。
その提は崩れた。
陸は1014の午、関国際空港にいた。
当の便の発刻は午1120分。
続きを考えれば、遅くとも午9頃には空港へ到着している必がある。
陸から移するなら、の夜には町をていなければにわない。
つまり、ゆみ子が夜勤へた、陸はすぐに別の所へ移していたことになる。
広告
同していたローデ節子についても調べがんだ。
節子は剛の父方の親族にあたる女性だった。
剛より8歳ほどで、若い頃に本で通訳関係の仕事をし、そこでドイツ男性とりった。そのドイツへ渡り、20以デュッセルドルフで暮らしていた。
夫はハンス・ローデ。
平成13の、節子は法事のため帰国していた。
さらに調査すると、節子が平成1512に交通事故でくなっていたことも分かった。
事を直接聞くことはできなかった。
署内では、しい仮説もた。
剛が息子だけをドイツへ逃がし、自分も別の所へ姿をくらましたのではないか。
借から逃げるため、をへ置いてしたように偽装した。
その考えなら、応の筋は通る。
そうなると剛は、んだ男ではない。
妻を残し、息子だけをへし、自分も逃げた男になる。
がその能性を伝えると、ゆみ子は畳の目を見つめたまま首を横に振った。
「あのは、そういうことをするやありません」
声は静かだった。
「陸を逃がしたんなら、私に何か言ったはずです。黙って10、何も言わずにおるやないんです」
はその言葉をの片隅へ置いた。
そして、10の証拠品をもう度調べることにした。
資料の段ボール箱を引っ張りした。
埃を払い、蓋をける。
から、辺のいバンで発見されたスパイクの写真を取りした。
鑑識の撮記録は細かかった。
撮。