"帰った家に、知らない親子がいた" 第6話
そのだった。
「こっち!」
誰かが腕を掴んだ。
菊と千鶴を、狭いの方へ引っ張った。
女性だった。
それが正の母だった。
佐野にもが迫っていた。
それでもの裏へ抜ける細いには、まだ炎が回っていなかった。
正の母は菊へをませ、千鶴の顔を濡れた拭いで覆った。
「このを抜けて!」
「あなたは?」
「まだ主が戻ってないの」
正の父は町内の防活へたまま、帰宅していなかった。
「緒に逃げましょう」
菊は必で言った。
「もうが来ます!」
だが正の母はの方を見た。
「主を探さないと」
「今戻ったら危ないです!」
菊は止めた。
それでも母は聞かなかった。
そのに、のへ度戻った。
「何してるんです!」
「待って」
しばらくして、さな缶を抱えててきた。
には葉の束。
族写真。
印鑑。
そして、疎先にいる正から届いたが入っていた。
正の母は、それを菊へ差しした。
「これ、持っていって」
菊はが分からなかった。
「どうして私に」
「お願い」
「でも」
さらに母は玄関へ戻り、表札をした。
半分ほどのを受け、表面が焦げ始めていた。
それも菊へ渡した。
「息子が疎してるの」
菊は正の顔を見た。
「正っていうの」
あの夜の声が蘇るようだった。
「戦争が終わったら、ここに帰ってくるって約束したの」
菊は言った。
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「だったら、あなたもきて待たないと」
正の母は、し笑った。
「そうね」
それが、菊が見た正の母の最の顔だった。
その、菊は千鶴を連れて逃げた。
何度も振り返ったが、炎と煙のでは何も見えなかった。
翌朝。
町は、ほとんど別の所になっていた。
佐野があった辺りも焼けていた。
正の母の姿はなかった。
父も見つからなかった。
菊は、そのも能な範囲で2を探した。
救護所。
寺。
学。
役所。
貼りされた名。
者が集まる所へくたび、佐野という名字を探した。
しかし確かな消息はなかった。
正は黙って聞いていた。
表札を両で握ったまま、かなかった。
菊が、あの缶を持ってきた。
「これも預かってた」
蓋をける。
には正がいた葉が残っていた。
の端は傷んでいたが、字は読めた。
正は1枚を取った。
「お母さんへ。
今はジャガイモを2つべました。
京へ帰ったらカレーライスがべたいです」
自分の字だった。
覚えていた。
噌汁がいと友達と文句を言ったの夜、腹を空かせていた葉だった。
正は次のを読もうとした。
だが文字が急に滲んだ。
「じゃあ」
声が震えた。
「母ちゃんはどこ?」
菊は首を横に振った。
「分からない」
「父ちゃんは?」
「分からない」
「んだの?」
菊は答えなかった。
正は急に腹がった。
「何で分からないんだよ!」
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声をげた。
「最に会ったんだろ!」
「正君」
先が止めようとした。
しかし菊は首を振った。
「いいんです」
正は涙を拭いながら叫んだ。
「だったら、なんでここにんだんだよ!」
菊は黙った。
「母ちゃんから預かったものがあるなら、待ってればよかっただろ!」
「待ってた」
「じゃあ何で僕のに勝にんでるんだよ!」
しばらくして、菊は静かに答えた。
「私も、むところがなかったから」
正は顔をげた。
「あなたのお母さんとの約束を守るためだけじゃない」
菊は千鶴を見た。
「私はこの子をべさせなきゃならなかった」
「をしのぐ根も必だった」
言い訳するような声ではなかった。
ただ事実を話していた。
「だから、ここにを建てた」
綺麗な理由だけではなかった。
正の帰りを待っていた。
同に、自分と娘がきる所も必だった。
その両方が本当だった。
菊は言った。
「あなたが帰ってきたら、ていくつもりだった」
正は表札を握りしめた。
「じゃあてってよ」
千鶴が息を呑んだ。
菊は正を見つめた。
そして、く答えた。
「分かった」
その晩、正は先と緒に仮の宿へ戻った。
布団へ入っても眠れなかった。
のに、菊の話が何度も浮かんだ。
母が千鶴を助けたこと。
缶を託したこと。
表札をしたこと。
父を探すと言ってのへ戻ったこと。
それでも正の胸のには、りが残っていた。
自分は帰ってきた。
母が約束した所へ戻った。
それなのに、がない。