"帰った家に、知らない親子がいた" 第1話
昭198。
京・川の国民学に通う11歳の佐野正は、居に座ったまま、母の元を満そうに見つめていた。母は正の着を膝に広げ、内側へい布を針ずつ縫いつけている。
布には、正の名と学名、これから向かう疎先、そして川の自宅所が墨で丁寧にかれていた。
「こんなの、いらないよ」
正がを尖らせると、母は針を止めずに聞いた。
「どうして?」
「子どもじゃないんだから、所くらい覚えてる」
母は瞬だけを止め、向かいに座っていた父を見た。父は聞から顔をげると、面そうに笑った。
「ほう。じゃあ言ってみろ」
正は待ってましたとばかりに背筋を伸ばした。
町名。
番。
のくにある米の名まで、気に言った。
「ほら、覚えてるだろ」
父は声をてて笑い、正のを撫でた。
「よし。それなら何があっても帰ってこられるな」
その言葉を聞いて、正も笑った。
母だけはし複雑そうな顔をしていたが、すぐにいつもの調子へ戻った。
「でも、この布はつけておきます。覚えているのと、いてあるのは別ですからね」
「格好悪いよ」
「見えないところなんだからいいでしょう」
母は縫い終えた布を指で押さえ、糸を切った。それから着を正へ渡しながら、何度目か分からない同じ言葉をにした。
「これは引っ越しじゃないのよ」
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正はもう続きまで覚えていた。
「戦争が終わったら、またここへ帰ってくるんだから、でしょ」
「そう」
母は笑った。
「だから、向こうでちゃんと先の言うことを聞いて、元気でいるのよ」
正にとって疎は、しい学旅のようなものだった。
戦争が激しくなり、京の子どもたちを方へ移すことになったとたちは説した。しかし11歳の正には、爆撃がどれほど自分の活を変えるものなのか像できなかった。
夜になると空襲警報が鳴ることはあった。
灯管制で町が暗くなることもあった。
たちが糧のことや戦況について声で話しているのもっていた。
それでも朝になれば父がいて、母が噌汁をよそい、学へけば友達がいた。
はいつもそこにあった。
だから自分が数かれたところで、帰ってくれば同じが待っていると疑わなかった。
発までの数、母は何度も荷物を確認した。
着替え。
拭い。
歯ブラシ。
学用品。
そして、わずかなべ物。
「そんなに何度も見なくても丈夫だよ」
正が呆れると、母は笑っていた。
「あなたはすぐ物をなくすから」
「なくさないって」
「この、鉛箱を学に置いてきたでしょう」
「あれは忘れただけ」
「同じです」
父はそのやり取りを聞きながら、黙って煙をくゆらせていた。
その夜、正が布団へ入ったも、隣の部から両親の声が聞こえた。
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何を話しているのかまでは分からなかった。
ただ、いつもより声がさかった。
翌朝になれば、父は普段通りだった。
発の。
駅には、正と同じように疎する子どもたちが勢集まっていた。
肩から荷物をげた子どもたち。
名をいた札。
引率する先。
そして、見送りに来た族。
「ちゃんとべるのよ!」
「先の言うことを聞くんだぞ!」
「をくからね!」
ホームのあちこちから声がんだ。
泣いている母親もいた。
子どもの腕をせず、先に促されてようやくを放したもいた。
正は、それをし恥ずかしいとっていた。
「みんなげさだな」
父にそう言うと、父は笑った。
「おは泣かないのか」
「なんで泣くの。すぐ帰ってくるんだろ」
「そうだな」
父はく答えた。
母は最まで泣かなかった。
列へ乗る直、正の襟元を直し、着のに縫ったい布をもう度指で確かめた。
「忘れ物は?」
「ない」
「所は?」
正はわざと面倒そうな顔をして、番まで言った。
母は満そうに頷いた。
「よし」
父が正の肩を軽く叩いた。
「何があっても帰ってこい」
その言葉が、正と父との最のい会話になった。
列がゆっくりとき始めた。
ホームに並ぶ族たちがろへ流れていく。
正は窓からを乗りすようにしてを振った。
母も笑っていた。
父も片をげていた。
「ってきます!」
正は叫んだ。
「ってらっしゃい!」
母の声が返ってきた。