"「無職の父」と呼ばれた6年間" 第9話
美咲は役職をりた、しい部署で働き続けていた。以より収入は減ったが、悠との曜を守った。には張もあり、そのはめに予定を交換した。母親だから仕事を諦めるのではなく、仕事を理由に約束を消さない形を探した。
悠の学では宿泊学習が予定された。医療管理を理由に公平が同する案もたが、本は教師と自分で対応したいと希望した。公平はだったが、医師、学、美咲と計画を作り、同しないことを決めた。
発の、悠はきな鞄を背負い、「通を何度も見ないでね」と父へ言った。公平は笑って約束した。
その夜、は婚直の曜よりさらに静かだった。公平は連絡帳18冊を箱へ戻し、最初の冊子だけをいた。
《緊急は父へ》
6、その文は公平の役割を示すものだった。婚のには、自分が父親だった証拠になった。しかし今は、同じ文にし窮屈さもじる。緊急に頼れるが父親しかいなかった族の記録でもあるからだ。
公平は箱のへ、しい学の対応表を置いた。父、美咲、佳代子、学、病院。複数の名と話番号が並んでいる。
翌夕、悠から宿泊学習の写真が届いた。友たちとカレーを作り、笑っている。センサーは腕に見えるが、それが写真のではない。
公平は《楽しそうだね》とだけ返信した。
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数値は尋ねなかった。
帰宅した悠は、失敗もあったと話した。夕の量を読み違え、夜に数値がくなったが、教師へ相談し、自分で対応できたという。公平は叱らず、緒に次回の方法を考えた。
週末、美咲も来て3で卒業アルバムの写真を選んだ。婚の旅、父子で作った弁当、母親宅の餃子、学事。別々ので撮った写真が同じ机に並んだ。
「族写真って、どれ?」と悠が聞いた。
公平は枚を選ばなかった。「全部でいいんじゃないかな」
同じにんでいた頃、3は互いの役割を当然だとい、話しうことをやめた。別々に暮らしてから、頼むこと、断ること、引き受けることを言葉にするようになった。
公平は親権を得て妻に勝ったのではない。美咲も息子を失ったのではない。婚で戻らなかったものはあるが、父親と母親のどちらか方を消さずに、悠の活を作り直すことはできた。
翌朝、公平は勤に朝を用した。悠は自分で数値を確認し、必な量を計算する。公平は横から答えを言わず、息子が助けを求めるまで待った。
「これでってる?」
「ってるよ」
悠はうなずき、学の鞄を持った。玄関で靴を履きながら、「今はお母さんのところへくから、夕飯いらない」と言った。
「分かった。ってらっしゃい」
扉が閉じたあと、公平は分の器を洗った。
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寂しさは消えなかったが、必とされないを失敗だとはわなくなった。
6、仕事を辞めた、公平は息子のために自分のを止めたつもりだった。実際には、そこで覚えたことがしい仕事へつながり、父親として誰かを囲い込まない方法を教えた。
連絡帳は、無職だったの言い訳ではない。息子と暮らし、迷い、違い、支えた々の記録だった。
公平は自分の鞄を持ち、をた。玄関には悠の靴と、公平の仕事靴が並んでいる。
父親であることと、自分のを歩くこと。そのつは、もうどちらか方を選ぶものではなかった。
学へ入って半、悠は部活で県の会へくことになった。顧問は病気への対応を学ぶ必があり、最初は保護者の同を求めた。公平は同できると答えかけたが、悠が自分で説したいと言った。
病院の療養指導士を交え、顧問と部員2が血糖の対応を学んだ。美咲は緊急連絡表を作り、公平は医療用品を確認したが、当の鞄へ詰めたのは悠自だった。
会の、公平と美咲は観客席でれて座った。息子が競技へる、2ともスマートフォンの数値を確認しそうになり、同にを止めた。悠から助けを求められていないまで監しないと決めていた。
試、悠は友たちと笑いながら戻ってきた。
途で数値ががり、自分で補を取り、顧問へ伝えたという。