"2本のさつま芋" 第10話
それは正夫ので、1つの物差しになった。
にかれた言葉だけを見るな。
その向こうにいるを見る。
決まりを守ることは切だ。
けれど、決まりを守らせた結果、誰がどこで泣くのかまで考える。
正しさを振りかざすに、そのがなぜそこへ追い込まれたのかを見る。
母が伝えたかったのは、きっとそういうことだった。
法律には、社会を支える力がある。
同に、法律だけではすくい取れない暮らしもある。
その隙を見ないふりをした、正しさは簡単にたくなる。
昭24。
14歳だった正夫は、そのことを2本のさつま芋から学んだ。
そしてになったも、類を閉じるたびにいした。
法律の向こう側にも、の暮らしがある。
それを忘れた、
正しさはに、
誰かを傷つけるものになる。
正夫はそのも、仕事ので何度も「規則だから」という言葉に会った。
もちろん、その言葉そのものが違っているわけではなかった。規則がなければ、担当する職員によって判断が変わり、同じ事を抱えたでも受けられる支援が違ってしまう。公平であるためにこそ、基準は必だった。
だから正夫は、規則を嫌うことはなかった。
むしろ、規則があるからこそ守られるがいることもっていた。
ただ、1つだけ気をつけるようになった。
「規則ですから」
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という言葉をにした瞬、自分の仕事まで終わったとわないことだった。
対象にならない。
条件が1つりない。
期限を過ぎている。
類がそろっていない。
政の窓では、そうした理由でち止まるがいる。
正夫はそんな、必ず度だけ顔をげた。
目のにいる相が、どんな表をしているのかを見るためだった。
類にはかれていないことがある。
昨の夕飯をべられたのか。
子どもにはべさせたのか。
今夜帰るに、何が残っているのか。
もちろん、それだけで判断を変えることはできない。
しかし、らないまま「仕方ありません」と言うのと、ったでの方法を探すのとでは、まったく違う。
正夫はそう考えるようになっていた。
々、あのの野先のこともいした。
「決まりを守っているが、いつも正しいとは限らない」
14歳の正夫は、その言葉を聞いて混乱した。
先なのだから、どちらが正しいのか教えてくれればいいのにとった。
母が悪かったのか。
自分が正しかったのか。
どちらかをはっきり言ってほしかった。
しかし今なら、野先が答えなかった理由もし分かる気がした。
あの、先自も迷っていたのかもしれない。
教師としては、取引はいけないと教えなければならない。
けれど実際に正夫のへ来て、空っぽの戸棚と腹を空かせた子どもたちを見た。
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教で話す「正しさ」と、目のの暮らしが、きれいにならないことに気づいたのだろう。
だから野先は、正夫を褒めなかった。
同に、責めることもしなかった。
ただ芋を置いて帰った。
あのの正夫には、そののが分からなかった。
今えば、先は言葉では答えられないものを、あのさな包みで示していたのかもしれない。
規則について話すことと、今夜べるものを渡すこと。
その両方が必だった。
どちらか方だけではりなかった。
正夫がをねるほど、母の言葉も違って聞こえるようになった。
「決まりを作るは、お腹が空いていないこともあるんだよ」
若い頃は、決まりを作るを責める言葉だとっていた。
けれどになって、それだけではないとうようになった。
腹が空いていないには、空腹の苦しさが見えにくい。
かい部にいるには、寒い部で夜を越すのことが分かりにくい。
困っていないには、困っているがなぜ決まりかられてしまうのか像しにくい。
だからこそ、像しなければならない。
自分には見えていない事があるかもしれないと、度考えてみる。
母が伝えたかったのは、そんなことだったのではないか。
正夫はそううようになった。
そして、自分自もまた「お腹が空いていない側」
につことがあると気づいた。
定した仕事を持ち、毎料を受け取り、決まった所で類を確認する。