"ハワイへ行った夫の離婚届" 第2話
ところが2か、3かと経つにつれ、その回数は目に見えて減っていった。
「は仕事がいから」
「今は疲れてる」
「美の方がやり方分かってるだろ」
そう言ってしずつ距を置くようになり、半には休でも友とゴルフやみにかけることが増えた。
介護を始めて1が過ぎる頃には、直が義父の体に触れることさえほとんどなくなっていた。
方、義父の症状は悪化していた。
で入浴することはできず、トイレにも介助が必なが増えた。夜に突然玄関をけようとすることもあり、私は物音がするたびに目を覚ました。
毎が介護だけで終わっていった。
美容院には半くっていなかった。友から事に誘われても断り続け、自分が最にでゆっくりコーヒーをんだのがいつだったかさえいせなかった。
ある夜、私はとうとう直に言った。
「もう私では無理よ」
直はスマートフォンを見たまま、「何が」と答えた。
「お父さんの介護。あなた、最いつ伝った?」
「仕事してるんだから仕方ないだろ」
「休みのもかけてるじゃない。せめて訪問介護を増やしたいの。入浴も専のにお願いしたい」
直はそこで初めて顔をげた。
「かかるだろ」
「介護保険の範囲でケアマネさんが組んでくれるって言ってるわ」
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「それでもタダじゃないだろ」
私は言葉を失った。
「お父さんを施設には入れたくない」そう言ったのは直だった。
だから私は仕事を辞めた。
それなのに今の直は、父親の介護そのものより、わずかな自己負担額を気にしていた。
「じゃあ、あなたがもっと伝ってよ」
私が言うと、直は骨にため息をついた。
「美は働いてないだろ。俺は仕事してるんだぞ」
その言で、胸のに何かたいものが落ちた。
私が働いていないのは、働きたくないからではない。
あなたの父親を介護するために、仕事を辞めたのだ。
けれど直には、もうその提さえ見えなくなっているようだった。
私は直の解を待つのをやめた。
翌、ケアマネジャーに連絡し、現の活状況を改めて説した。介護保険の支限度額を確認しながらケアプランを組み直してもらい、週5回、1回1程度の訪問介護を利用することになった。
入浴介助を毎頼めるわけではなかったが、排泄や着替えの補助、体の状態確認、私が買い物へるの見守りをお願いできるだけでもきかった。何より、介護について相談できる専職がに来てくれるというだけで、肩に乗っていたさがし軽くなったようにじた。
最初に来てくれたのは、菜さんという36歳の介護福祉士だった。
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「今から担当させていただきます。です。無理して何でもで抱えないでくださいね」
るい笑顔のだった。
菜さんは義父へいきなり触れるようなことはせず、まず目線をわせ、ゆっくり名を告げた。利さんがし警戒していると、昔の仕事や庭の柿のの話をしながら距を縮め、20分もしないうちに義父は笑うようになった。
私はそれを見て驚いた。
最の義父は、らないがに入るとになりやすかったからだ。
「お義父さん、さんのこと気に入ったみたい」
訪問が終わる頃、私がそう言うと、菜さんは笑った。
「今は調子が良かったんでしょうね。でも、ご族がずっとで対応していると本当に疲れます。美さんも休んでください」
その「休んでください」という言に、私はわず泣きそうになった。
直からは、度も言われたことがなかった言葉だった。
ところがそのの終予定刻より20分ほど、玄関が突然いた。
予定よりく直が帰ってきたのである。
リビングに菜さんがいるのを見るなり、直の表が変わった。
「誰?」
私が説すると、直は眉に皺を寄せた。
「俺、訪問介護なんて許してないよな」
菜さんは静かにちがり、「ケアマネジャーさんからご依頼を受けて本から伺っています」
と説した。しかし直は話を聞こうとせず、「今はもう帰ってください」と言った。
「ちょっと待って。まだ内よ」