"米寿の席で外された嫁" 第6話
子は夫を試すために待っているのではなかった。婚するか、暮らしを続けるか、自分にもまだ答えはない。だから急いで許す代わりに、達也が誰にも見られない常で責任を続けられるかを見ていた。
子がをれて半、米寿祝いの写真が親族へ送られた。央には黄い祝い着の千鶴、その両側に息子夫婦が並んでいる。子は端に写っていたが、乾杯のため、まだ自分が追いされるとはらない顔をしていた。
千鶴は写真へ《族全員で祝ってもらいました》と添えていた。子はそれを見ても、もうりより違を覚えた。族全員という言葉ので、誰がどんな役割を背負っていたのかは、写真には写らない。
同じ頃、では域の文化祭へす菓子を考えていた。子は柚子餡をい求肥で包み、表面にさな亀裂を残す匠を提案した。割れ目から黄い餡がしだけ見える。文子は《ひかり》と名づけた。
文化祭当、松堂も隣の区画へした。耶と浩が販売し、達也は裏で箱を組みてていた。千鶴は子に座り、昔からの客への歴史を語っていた。
子と耶は目がい、互いに軽くをげた。競争相になったわけではない。耶は松堂をて直し、子は別の所でしい菓子を作る。同じの嫁であることより、それぞれの仕事を持つとして向きえるようになっていた。
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午、《ひかり》は完売した。最の1個を買ったのは千鶴だった。義母は「皮がしい」と批評しながら、代をきちんと払った。
「族なんだから、1個くらいくれてもいいでしょう」と冗談めかして言ったが、子は笑って答えた。
「族でも、おではお客様です」
千鶴は満そうだったが、を取り返そうとはしなかった。わずか300円のやり取りだった。それでも子にとっては、33曖昧だった境界が初めて形になった瞬だった。
その夜、達也は米寿の集写真を卓へ置き、「このの俺は、おがをれるとはっていなかった」と言った。
「れないとっていたから、止めなかったんでしょう」
「そうだとう」
達也は言い訳をしなかった。子は写真を捨てず、引きしへ戻した。嫌な記憶だから消すのではなく、そこから何が変わったかを忘れないために残すことにした。
翌の、千鶴は体調を崩して入院した。きな病気ではなかったが、でにつことは難しくなった。松堂では定休を週2に増やし、浩が営業と配達、耶が製造を担当した。達也は会社員を続けながら、週末だけ経理を伝った。
返済は計画どおりんでいたが、売は以の8割ほどだった。を守るために誰かが無で穴を埋めれば、数字だけは良く見える。しかし同じ方法へ戻れば、次は耶が子と同じになる。
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耶は営業を縮し、できない注文は断った。客から「昔はやってくれた」と言われるたび苦しんだが、子は助言を求められただけ答えた。
「昔できたのは、無理をしていたがいたからです。今も同じにする必はありません」
の文子は、2に引退したいと子へ話した。を譲る約束ではなく、共同でしい形を考えないかという相談だった。子はすぐ承諾せず、売、賃、設備、勤務を緒に確認した。
以なら「信頼している」の言で働き始めただろう。今は信頼しているからこそ、条件を言葉にした。文子もそれを歓迎した。
2はをさな同会社にし、子は資できる範囲だけを負担した。借を隠さず、役割を曖昧にせず、休むがてもへ集しないよう、製造補助をもう雇った。板は《菓子ひかり》になった。
、千鶴が退院した。達也に連れられてしいを見に来た義母は、入の板をく見げた。
「松堂の名を使えば、もっと客が来たのに」
「あの名は、お義母さんたちののものです。私は別のを始めます」
千鶴は内へ入り、包装台やさな餡練りを見て回った。最に、「最初から自分のが欲しかったのね」と言った。
子は首を横に振った。「最初から欲しかったのは、自分がした仕事を、したこととして扱ってもらうことです」