"米寿の席で外された嫁" 第4話
子のもとには親戚から話が相次いだ。世話になったを潰すのか、夫を支えるのが妻ではないか。事をらないへすべて説することはせず、「帳簿と負債を専が確認しています」とだけ答えた。
達也はでもほとんどを利かなかった。夕だけは当然のように用されるとっていたが、子は自分の分しか作らなかった。夫を困らせるためではなく、を解雇された翌から事だけ元どおり続けることに納得できなかった。
「の問題とのことは別だろう」と達也は言った。
「私にとっては、どちらも無で当然とされた仕事です」
子は婚を即断しなかった。33の結婚を、度の言い争いだけで説できるとはわない。しかし、これからも同じ扱いを受け入れるつもりもなかった。計を分け、活費と事の分担を文にするよう求めた。
方、耶は浩と激しく争っていた。宅費の所をっていたのか尋ねても、浩は「親のはいずれ自分たちの物になる」と答えるだけだった。耶が責任者になれば、過の借も現の失敗も妻へ任せられると考えていたことが見え始めた。
休業、千鶴は自宅で転び、軽い打撲を負った。達也は子へ病院へ連れていくよう頼んだが、子はからしたへ当然のように介護だけ求めるのは違うと断った。
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達也と浩が交代で付き添った。
千鶴は病院から戻ると、子へ話をかけてきた。「あなたが騒ぎしなければ、こんなことにはならなかった」と責めた。
「私が何も言わなければ、借はなくなったんですか」
千鶴は答えなかった。
数、融関との協議で、を直ちに畳む必はないことが分かった。浩への800万円について返済計画を作り、な保険や両を理し、商品数を減らせば営業を続けられる。ただし、これまでのように計とのを混ぜることはできない。
達也は子へ戻ってきてほしいと頼んだ。「おがいないと常連の注文が分からない」
子は、以と同じ条件では戻らないと答えた。仕事内容、勤務、与、休を記した雇用契約が必だった。それは族をで測る為ではなく、仕事を仕事として扱う最限の条件である。
達也は「妻に料を払う余裕はない」と拒んだ。
子は静かに答えた。「それなら、私を雇う余裕がないです」
子は《松堂》へ戻らず、民センターの講師に紹介されたさな菓子で週3働き始めた。主の文子は65歳で、元の果物を使った焼き菓子と餡菓子をで作っていた。はくなかったが、勤務と担当が確だった。
初、子は自分の際に自信があった。しかし、文子のでは餡の糖度も蒸しも松堂と違い、慣れた作がかえって邪魔になった。
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子は違いを認め、メモを取り直した。
「33やってきたでも、聞いてくれるんですね」と文子は笑った。
「33、同じ所しからなかったんです」
子は、自分の経験が万能ではないことに堵した。できないことがあれば学べばよい。以のでは、できないと言うことも、休むことも許されず、何でもっているとして扱われながら、決定権だけは与えられなかった。
松堂は2週に営業を再した。商品を8種類に絞り、予約は台帳とオンライン表を併用する。耶は雇用契約を結んだうえで製造担当になったが、代表者には就かなかった。浩がへ返済する800万円は、宅ローンとならない範囲で々支払う計画となった。
千鶴は、嫁たちが族を壊したと満を言い続けた。自分が息子へ援助したことを悪いとはっていない。ただ、のであることを曖昧にし、返済を次の世代へ押しつけた点については、最まで認めようとしなかった。
子は義母を説得することをやめた。理解してもらえなければ自分の選択が違いになるわけではない。通院の付き添いは息子2が分担し、事支援も利用するようになった。
ある午、千鶴が子の働くへで現れた。ショーケースを眺め、「こんなさなで満なの」と言った。