"米寿の席で外された嫁" 第1話
「子さんには、からへ来てもらわなくて結構です」
義母の千鶴がそう告げたのは、自分の米寿祝いで親族がそろった席だった。88本のさなをあしらった黄い飾りので、拍を受けた直のことだった。
58歳の宮本子は、乾杯用の盃を持ったままけなかった。夫の達也と結婚して33、義父母が営む菓子《松堂》で働き始めてからも同じがたっている。朝5半にをけ、餡を練り、注文を理し、繁忙期には夜まで包装を続けてきた。
「来なくていいって、どういうことですか」
千鶴の隣に座る達也が、代わりに答えた。来からを法化し、弟の浩を代表に、その妻・耶を製造責任者にするという。子は正式な従業員ではなく、族の伝いとして帳簿にも載っていないため、引き継ぎが終われば役目はないらしい。
「耶は製菓師の資格も取った。これからは若いに任せるんだ」と達也は言った。
45歳の耶は2から週3、を伝っている。資格を取るため勉した努力を子もっており、格したには自分のことのようにんだ。しかし、そのことと33働いたを宴席で切り捨てることは別だった。
「それなら、せめて事に話してほしかったです」
「お祝いのに暗い顔をしないで」と千鶴は眉を寄せた。
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「族のためにしてきたことで、お料だの退職だの言うつもりじゃないでしょうね」
親族の線が斉に子へ集まった。耶は困ったように俯いたが、浩は「兄嫁さんもし休んだ方がいい」と笑った。達也も、これからはで母の通院やの回りをみればよいと言った。
の仕事を失う代わりに、今度は義母の世話を無償で引き受けろというだった。
子は鳴らなかった。盃を膳へ置き、「分かりました。では、今までにします」と答えた。
達也が慌てて、引き継ぎには1か必だと言った。子は夫の顔をまっすぐ見た。
「から来なくていいと言ったのは、お義母さんです。必な仕事が残っているなら、必なとして話しってください」
宴席の空気が凍った。千鶴は顔を赤くしたが、親族ので言葉を撤回することはなかった。
帰宅、達也は子を責めた。母親の米寿を台無しにした、耶のも考えろ、族なのに細かいことへこだわるな。子は反論せず、押し入れから古い段ボール箱をした。
には33分の帳があった。仕込み量、季節商品の注文、材料の値がり、へた。計簿の余に、子は毎の仕事を記していた。
箱の番には、見覚えのない茶封筒が入っていた。表には3にくなった義父・宗郎の字で、《子さんへ。
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をれるが来たらけてください》とかれていた。
子はその夜、封筒をけなかった。義父の言葉が自分を救う都のよい遺言であるはずがなく、期待して失望するのが怖かった。机の引きしへしまい、翌朝は33ぶりに目覚まし計を5へわせなかった。
午612分、達也の話が鳴った。餡練りが途で止まり、解除方法が分からないという。子は、操作盤の横に順を貼ってあると答えた。夫は「話では分からないから来てくれ」と言ったが、子はかなかった。
7には耶から、予約台帳の見方を尋ねるメッセージが届いた。《青い印は受取、赤い印はアレルギー対応です》と度だけ返信した。そのも質問は続いたが、子は《業務の引き継ぎについて、と条件を決めてください》と返した。
昼、達也がへ戻ってきた。注文していた饅120個のうち、20個だけ包装のが違い、客から苦を受けたという。子が確認すると、包装の庫は2週から発注ノートへいてあり、追加注文も達也の承認待ちになっていた。
「今までおが勝に頼んでいただろう」
「値がりしてから、仕入れは必ずあなたへ確認する決まりになりました」
達也は覚えていなかった。自分が決めたことさえ、子が処理して当然だとっていたのである。
午、子はの女性相談窓から紹介された社会保険労務士へ話した。族経営の伝いとして与細がなく、毎の活費だけを受け取っていたことを話すと、雇用関係が認められるかは勤務実態や指揮命令、銭の流れを個別に確認する必があると言われた。