"荷造りの日に消えた夫の行き先" 第1話
「織、婚してほしい」
62歳の夫・修がそう言ったのは、夕を半分ほどべ終えた頃だった。59歳の織は噌汁の椀を持ったまま、夫が何を言ったのか理解するまで数秒かかった。
卓には鮭のホイル焼き、松菜のおひたし、の噌汁が並んでいた。7に修が脳梗塞で倒れてから、織は塩分量だけでなく、脂質や分摂取量まで気にしながら毎の事を作ってきた。
「婚って……私と?」
わずそんな聞き方をすると、修は苦い顔をした。
「に誰がいるんだよ」
冗談ではなかった。
7の修なら、こうして背筋を伸ばして子へ座ることさえできなかった。54歳の、会社で倒れて救急搬送された直は半がほとんどかず、言葉もくなかった。
医師からは、どこまで回復するか分からないと言われた。退院もしばらくは着替えにも介助が必で、夜にトイレへくは織が体を支えた。
当、織はスーパーの惣菜部で副をしていた。勤続22で、数には候補の話もていたが、勤務を減らしても介護と仕事を両できず、最終には退職した。
最初の1は、朝起きた瞬から夜眠るまで修の活だった。着替え、事、薬、通院、リハビリ、入浴を伝いながら、でも理学療法士から教わった歩訓練を繰り返した。
広告
「あと3歩」
「今は無理だ」
「昨5歩できたでしょう。2歩だけでもいいから」
そんなやり取りを何百回したか分からない。
修が初めてで玄関まで歩けたは、織の方が泣いた。3には杖で所を歩けるようになり、5目にはでへ乗って病院へけるも増えた。
現もにはのかしにくさが残っているが、の回りのことはほとんど自分でできる。医師からも「ここまで戻ったのはご本とご族の努力ですね」と言われたばかりだった。
その夫が、回復して最初に自分で選びたいとにしたきな決断が婚だった。
「理由を聞いてもいい?」
織が尋ねると、修はしばらく線を落としていた。
「もう、織に世話される夫でいたくないんだ」
「今はお呂も着替えもでしょう。昔みたいな介護なんてしてないじゃない」
「そういう話じゃない」
修はをんだ。
「俺が何をべるか、どこへくか、何に帰るか。薬はんだか、血圧は測ったか、酒は駄目、温泉もじゃ駄目。全部、織が先に決めるだろ」
「薬はまなきゃ駄目でしょう」
「それだよ」
「何が?」
「何か言ったら、すぐ正しい答えが返ってくる」
修は鳴ってはいなかった。それだけに、い考えていた言葉なのだと分かった。
数ヶ、修がで野へ温泉旅へきたいと言ったことがあった。
広告
織はすぐ反対し、「せめて直と緒にきなさい」と言った。
別の、夕にビールをみたいと言われたもノンアルコールビールをした。主治医は「体調が定しているに量なら」と言っていたが、織には再発の文字しかになかった。
「また倒れたらどうするの?」
織が言うと、修は静かに答えた。
「それも含めて、自分で決めたいんだよ」
その言葉は、織にはあまりに勝に聞こえた。
度目に倒れた、救急を呼んだのも自分だった。リハビリを嫌がり、もうんでもいいと泣く修を励ましたのも、仕事を辞めたのも、退職の収入減を受け入れたのも自分だった。
それなのに、元気になった途端、「自分のを決めたい」と言われる。
「婚したら、どこにむの?」
修はし迷ってから答えた。
「潟へ戻ろうとってる」
修の故郷には57歳の妹・幸恵がんでいる。幸恵は夫を5に病気でくし、現は実をリフォームしたで暮らしをしていた。
「幸恵さんと?」
「しばらくはな。空いてる部もあるし」
織はわず乾いた笑いを漏らした。
「私に世話されるのは嫌だけど、今度は妹に頼るんだ」
「そういう言い方するなよ。幸恵とは話ができてる」
「私は今初めて聞いたんだけど」
修は黙った。
その沈黙で、婚を言いすから妹とはかなり話をめていたことが分かった。
翌、33歳の息子・直を呼んだ。