みかん小説
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"「住所は教えない」と言った息子へ" 第3話

私は、孫と過ごす尊いを細切れに切り取られるように制限され、まるで危険な見らぬであるかのように扱われてしまったのである。

指定された限られた面会の、孫は無邪気な瞳で私の顔をじっと見げ、純粋な声でこう尋ねてきた。

「おばあちゃん、なんでいつもおうちに遊びに来ないの?」

その屈託のない声に、私は胸を刺されたように息を詰まらせ、喉の奥がく塞がってしまった。真実を話すことなど到底できず、私はただ引きつった笑顔を作って孫のを撫でることしかできなかった。胸の奥では、言葉にすることのできない巨しみが、とめどなく膨れがっていたのである。

それにもかかわらず、からはそのも定期に連絡が入ってきた。 しかし、その通話の内容は、母の体調を気遣うような温かなものでは決してなく、ただ銭の求ばかりであった。

「母さん、今万円、よろしくね」 「塾の謝ががったから、万円追加してほしいんだ」 「今活費も々と変だからさ、できれば万円くらい頼めないかな」

私は、自分というが、彼らにとってただの便利な「財布」にしか見なされていないのだという厳な事実を痛させられた。 そこには、母親に対する謝や労わりの言葉などただの言もなく、たい数字だけが並べられている。

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まるで私という価値が、差し額の寡でしか測られていないかのようで、私のは芯からえ切っていくのをじていた。

その方で、息子夫婦の庭内において、代さんの両親のは常に絶対なものとして持ちげられていた。 から漏れるのは、 「代のお母さんは本当に気が利いて頼りになる」 「お父さんは社会位もあって尊敬できるだ」 といった、義理の族を無条件に称え、崇める言葉ばかり。

私はふと、このい歳で、息子から「母さんは特別だ」「母さんのおかげだ」とから言われたことが、度もなかったという事実にい至った。その瞬、底なしの孤独が私の胸をく締めげた。

ある静かな夜、暗い部きりの卓を囲みながら、私は過の記憶を繰り寄せていた。 かつて族全員が揃い、温かな料理を囲んで笑顔で言葉を交わしていた、あのに満ちたがまだ幼かった頃、私のエプロンの裾を掴みながら、毎のように「ママ好き」と満面の笑みで抱きついてきた、あの柔らかく温かなぬくもり。 それが今では、酷な言葉の刃と、を無する求の話だけに変わり果ててしまった。

私は体、何のためににして尽くしてきたのだろうか。

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、病気のために先ってしまった夫の仏壇の遺に向かってそう呟くと、い涙が止めどなく頬を伝い落ちた。 全全霊のを注ぎ続けてきたが、今ではただの都の良いづるとしてしか扱われない。そのあまりの理尽さと無常観が、私の、またと確実に蝕んでいった。

さらに私の胸に追い打ちをかけるように、あのの孫の無垢な声が、いつまでもの奥で霊し続けていた。

「おばあちゃん、なんで来ないの?」

その言葉は、まるで私自が自分の志で孫を避けているかのように響いた。 本当は、今すぐにでも抱きしめにきたくてたまらないのに、息子夫婦の酷な悪な都によって、無理やり距を置かされている。そのあまりにも残酷な真実を、幼い孫に説することなどできるはずもなく、私はただ胸を痛めながら、い沈黙を守るしかなかったのである。

そのも、からの顔無恥な求は留まることなく続いた。 毎になると、 「母さん、今も頼むよ」 と、当然の権利であるかのように話がかかってきた。まるで私のと預が、自分たちの活費の部として組み込まれているのが当たりであるかのようなぶりだった。

私は何度も、震える声で訴えた。

、もうこれで最にしてほしいの。

私の活だってあるのよ」

しかし、その切実な懇願はまるで聞こえていないかのように軽く聞き流され、次のが来れば、寸分違わぬ図々しさで同じ求が繰り返された。

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