"0円の注文帳" 第12話
でも。
にはしなかった。
「彩は、それでいいの?」
しい沈黙があった。
「寂しいよ」
娘は言った。
「でも、航平が私のために阪を断ったら、たぶんいつか私も苦しくなる。私がをやめて阪へっても、いつか航平を責めるとう」
直子は何も言わず聞いた。
「だから今は、とも自分で選ぶことにした」
「そっか」
「お母さん、らないの?」
「何で私がるの」
「だったら『結婚どうするの』って番に聞いたとう」
図だった。
直子はし笑った。
「聞こうとはった」
「やっぱり」
「でもやめた」
「成したね」
「誰に言ってるの」
で笑った。
その週末。
直子は久しぶりに「朝のテーブル」へった。
常設舗の話を断った彩は、会社をすぐには辞めなかった。週4の勤務へ変更できる制度を利用し、残りのでシェアキッチンを続けることにした。
田島から提示された商業棟のは魅力だったが。
賃。
件費。
仕入れ。
今の売では、まだ背負うにはきい。
度は「今しかない」とった。
けれど航平との話しいを通して、自分が本当に欲しいのは「を持ったという形」ではなく、く料理を続けられる活だと気づいたという。
「だから、あと1ここでやってみる」
以の直子なら。
それを聞いてしただろう。
会社を完全に辞めない。
きな借をしない。
堅実な選択だ。
広告
けれど。
「それで本当にいいの?」
と聞いた。
彩がし笑う。
「お母さん、と言ってること逆じゃない?」
「全だからって、それで決めたなら嫌でしょう」
彩はしばらく考えた。
「全だからだけじゃないよ」
「じゃあ?」
「まだ、もっと料理を覚えたい。をきくするに、自分でも回せるようになりたい」
直子は頷いた。
「ならいい」
「格?」
「私の許いらないでしょう」
彩が笑った。
厨では、きな鍋にミネストローネが入っていた。
直子が見すると、し酸がい。
「トマトくない?」
「私はこれくらいが好き」
「子どもには酸っぱいよ」
「子ども向けに作ってないから」
以なら、直子は醤油か砂糖をし入れたかもしれない。
今は何もしなかった。
「じゃあ、そのままでいいんじゃない」
彩は母の顔を見る。
「何?」
「いや。おばあちゃんだったら絶対勝に何か入れてたなとって」
直子は笑った。
「入れるね」
「お母さんも昔は入れたよ」
「入れたね」
はまた笑った。
午10頃。
の配女性がへ入ってきた。
以、財布を忘れた佐藤という客だった。
「今はちゃんと持ってきたわよ」
財布を見せながら笑う。
彩が、
「信用してますって」
と答えた。
佐藤はスープとパンをべたあと、帰り際に袋を厨へ置いた。
「実からまた届いたから」
には根が3本入っていた。
「こんなにいりませんよ」
広告
彩が困った顔をすると、
「じゃあのにあげて」
と言って帰っていった。
直子は根を見る。
昔の注文帳をいした。
《幕の内 0円》
《菜5個》
《棚修理》
《病院送り》
母がやっていたことは。
特別な制度ではなかった。
誰かに助けてもらったが。
別のに。
自分に来ることをし返す。
ただそれだけだった。
でも。
そういうものは。
を壊しても。
帳面を捨てても。
完全にはなくならない。
「根、何にする?」
直子が聞く。
「煮物かな」
「私なら鶏肉と……」
言いかけ。
止めた。
彩が笑う。
「言えばいいじゃん」
「嫌がるかとって」
「見は聞くよ。決めるのは私だけど」
直子はし笑った。
「じゃあ鶏肉と煮たら。おばあちゃんのでも売れてた」
「レシピある?」
「にある」
「今度教えて」
「いいよ」
それだけだった。
母のを受け継ぐ。
そんなげさな話ではない。
嫌なら変えてもいい。
作らなくなってもいい。
ただ。
りたいと言われたに。
渡せばいい。
それで分なのだとった。
午。
をた直子は、若葉台までを延ばした。
商はすでに仮囲いで覆われ、こもれび弁当があった所もから見えなくなっていた。
し寂しかった。
でも。
戻してほしいとはわない。
フェンスのには、しい商業棟の完成予図が掲示されていた。
その角。
共同厨の予定に、さく名がかれている。
《こもれびキッチン》
その。
《事を作るも、べるも、助けると助けられるがあります》
直子はち止まった。
田島が考えたのだろう。
母の名はない。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
花嫁が追い出した親友
幼なじみであり、仕事の相棒でもある親友・陸人の結婚式。 車椅子で生活する平井圭人は、心から親友の幸せを祝うつもりで式場へ向かった。だが、そこで待っていたのは、花嫁・美智からの冷たい拒絶だった。 「あなたがいると品格が下がる」 そう言われた圭人は、静かに式を去ろうとする。しかし美智はそれだけでなく、陸人との長年の友情まで断ち切るよう迫ってきた。 親友を困らせたくない圭人は、一度は身を引こうとする。 だが、美智は知らなかった。 目の前にいる車椅子の男が、陸人の人生を大きく変えた人物であり、さらに彼女が見下していた相手こそ、陸人が働く会社の代表だったことを。 結婚式当日、花嫁の一言から、隠されていた過去と本当の人間性が明らかになっていく――。怒り|修羅場1.9萬字5 0 -
完結第20話
温泉旅行を贈った夫の本当の目的
結婚32年、家族のために働き続けた恵美子。ある日、夫から突然贈られた高級温泉旅行に喜ぶが、忘れたスマホを取りに戻ったことで、夫と若い愛人の恐ろしい本音を聞いてしまう。 「退職金も土地も奪って、最後は追い出せばいい」 しかし二人は知らなかった。 “何も知らない従順な妻”と見下した恵美子が、32年間の医療事務経験で培った知識と証拠収集力を武器に、すでに完璧な反撃を始めていたことを――。 愛も金も家も失うのは、一体誰なのか。夫婦|修羅場3.0萬字5 142 -
完結第8話
孫の一言で、三億円の家を売りました
72歳の和子は、7歳の孫が配達員に「お金を払ってるんだから、ありがとうって言わなくてもいい」と言うのを聞き、言葉を失った。さらに48歳の息子・健一まで「間違ってない」と笑う。健一一家が12年間家賃0円で暮らしている一戸建ては、和子が1億4800万円で購入した和子名義の家。今では査定額が約3億円になっていた。ところが健一は、その家を当然のように「自分の家」と呼び、「どうせ将来俺が相続するんだから、名義を変えてもいいだろ」と言い始める。息子の言葉を聞いた夜、和子は1人で不動産会社に電話をかけた。12年間「家族だから」と与え続けてきた母親が、初めて大きな決断を下そうとしていた。因果応報|親不孝|親子関係|金銭問題1.2萬字5 12 -
完結第13話
退職届を出した夫が、最後の会議で暴いた妻社長の嘘
3年前。 妻・美穂が経営する会社で働いていた健二は、突然退職届を提出した。 理由は、妻の秘書・田中から告げられた一言だった。 「空気を読んで、自分から辞めてください」 愛する妻の会社で、自分だけが邪魔な存在になっていた。 しかし美穂は、田中との関係を否定し続ける。 「彼とは同僚としての関係しかない」 健二が信じていた3年間の結婚生活は、少しずつ崩れていた。 だが退職の日、健二はさらに恐ろしい事実を知る。 自分を追い出すために仕組まれた偽のセクハラ告発。 消された顧客情報。 そして、妻と秘書が隠していた本当の目的。 追い詰められた健二は、最後に残された証拠を手に取る。 音声記録。 社内システムの履歴。 競合会社との裏取引。 すべてを明らかにする場所は――妻の昇進をかけた役員会議だった。 そこで暴かれる、愛していた妻の裏切り。 10年間支えてきた会社も、信じ続けた夫婦の絆も、一瞬で崩れ去る。 そして健二は、何も奪わず、ただ一言だけ告げる。 「もう、昔の俺には戻れない」修羅場2.0萬字5 307 -
完結第13話
10年契約の果てに消えた夫
10年前。 事故で妻と娘を失ったタケシの前に、謎のシステムが現れた。 「別の世界で10年間、ユキとその娘に寄り添えば、失った家族を復活させる」 愛する家族を取り戻すため、タケシは契約を受け入れた。 そして彼は、ユキと幼いヒメのために、すべてを捧げる10年間を過ごした。 しかしユキが愛していたのは、タケシではなく、かつて自分たちを捨てた初恋の相手・シャオだった。 タケシは夫ではなく、都合のいい存在として扱われ続ける。 残り7日で任務が終わる日。 シャオが戻ってきたことで、タケシの最後の居場所は完全に奪われた。 そして彼は、10年間守り続けた家族からも、最後まで信じてもらえなかった。 やがて任務を終えたタケシは、すべてを捨てて元の世界へ帰る。 数年後、真実を知ったユキとヒメは、初めて彼がどれほど傷ついていたのかを理解する。 だが――。 もう彼の隣には、二度と離したくない本当の家族がいた。 10年間の犠牲は愛だったのか。 それとも、ただ失った家族を取り戻すための契約だったのか。修羅場1.9萬字5 182 -
完結第11話
退職金より失ったもの
「退職金は俺が39年間働いて得た金だ。お前には1円も渡さない」 定年を迎えた夫の一言で、39年間家族を支えてきた妻・佳代の心は静かに壊れた。 夫は、家事も育児も介護も、妻がしてきた全てを「家にいただけ」と言い切った。 しかし翌朝、佳代が残した青いファイルを開いた夫は、初めて知らなかった事実を目にする。 そこには、39年間の家計の記録と、誰が何を支えてきたのかを示す証拠が残されていた。 「では、全部清算しましょう」 妻が選んだのは、夫の退職金を奪うことではなかった。 夫婦として積み重ねてきた時間、その価値をもう一度問い直すことだった。 2760万円の退職金よりも先に、夫が失った本当のものとは――。夫婦|退職金|金銭問題|熟年離婚1.7萬字5 970 -
完結第16話
閉ざされた玄関の暗証番号
田園調布の豪邸で暮らす田中勇気と妻・桜。勇気は一人暮らしになった母・澄子を思い、妹の弓とともに同居を始める。しかし、その優しさは次第に家族の境界線を曖昧にしていった。 勇気が海外出張中、桜は高熱で倒れながらも義母の来客対応を強いられる。初めて「できません」と拒んだ彼女に、澄子は怒りを募らせ、桜本人の意思を無視して荷物をまとめ、家から追い出してしまう。 夫に心配をかけまいと黙って耐える桜。しかし異変を感じた勇気は急いで帰国し、隠されていた真実を知る。 妻を守れなかった自分の過ち、そして母が家族への感謝を「支配する権利」と勘違いしていたことに気づいた勇気は、家族の在り方を見直す決断をする。 本当の家族とは何か。愛情と依存の違いを描く、再生と絆の物語。嫁姑|第二の人生|修羅場2.4萬字5 189 -
完結第14話
返されなかった合鍵
25年間、誰にも知られず借り続けられていた203号室。 夫の葬儀の日、見知らぬ女性から渡された一本の合鍵が、妻・千鶴の人生を大きく揺さぶる。 亡き夫はなぜ、家族に隠れて古い部屋を借りていたのか。 そこに残されていたのは、31本のカセットテープと、一人の少女の思い出だった。 最初は裏切りだと思った秘密。 しかし調べるほどに明らかになる、夫が25年前に背負った約束と、誰にも話せなかった苦悩。 守ることと、信じること。 家族を思う気持ちと、誰かを救おうとする気持ちは、時にすれ違ってしまう。 一つの合鍵から始まった真実の先で、千鶴が見つけたものとは――。人生逆転|相続|修羅場2.0萬字5 253 -
完結第12話
一万八千円の飯
自分の家族が経営する5つ星ホテルで、何気なく注文した一品の炊き込みご飯。 メニューでは1,800円に見えたはずなのに、会計明細には「18,000円」と記されていた。 帰国したばかりの後継者・小川優馬は、単なる表示ミスだと思い責任者を呼ぶ。だが、レストラン責任者は「社長が承認した価格です」と言い切った。 父が守ってきたホテルで、なぜ一杯のご飯が10倍の値段になっているのか。 優馬が調べ始めると、異常な価格変更、不可解な仕入れ、法人客への不自然な請求、そして継母・里見の影が浮かび上がっていく。 やがてその小さな違和感は、20年前に亡くなった実母・秋子の死、奪われた母方の財産、腹違いの弟の秘密、そして恋人だと思っていた女性の正体へとつながっていく。 始まりは、たった一杯の炊き込みご飯だった。 だが、その18,000円の明細は、運海ホテルに隠された20年越しの闇を開く鍵だった――。因果応報|修羅場1.7萬字5 59 -
完結第12話
復讐とんかつの逆転便
とんかつ弁当を注文した堀川琢磨の前に現れたのは、高校時代に自分を見下していた金持ち令嬢・柏木綾音だった。 かつて高級ブランドを身につけ、貧しい琢磨を笑っていた彼女は今、実家のとんかつ店を守るため、配達員として頭を下げていた。 「お前が配達?令嬢なのに?」 復讐心に火がついた琢磨は、自分の成功を見せつけるため、何度もとんかつ弁当を注文し続ける。 だが、届く弁当の味は想像以上だった。 そしてある日、綾音が差し出した冷凍とんかつの試作品が、琢磨の運命を大きく動かしていく。 過去の屈辱、消えない傷、落ちぶれた令嬢の謝罪。 復讐のつもりで始まった注文は、やがて小さな老舗店を救い、琢磨自身の孤独な人生まで変えていく――。因果応報|人生逆転|修羅場1.7萬字5 61