みかん小説
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"五輪を見なかったテレビ屋" 第9話

しかし父にとっては違った。

わずか19

自分が12歳だったの記憶だった。

父のでは、焼け跡とオリンピックの京が切りされていなかった。

しいビルを見ても、その所に何があったか覚えていたかもしれない。

卓にいご飯が並ぶたび、芋を5で分けたしたかもしれない。

べ残したったのも、単に厳しい父親だったからではない。

物を捨てることを嫌ったのも同じだった。

壊れたラジオを何度も修理した。

まだ使えるテレビを買い替えようとする客へ、「修理で分ですよ」と言った。

子どもの頃の浩には、それがけちくさく見えることもあった。

今なら分かる。

信夫にとって、物があること自体が当たりではなかった。

央にち、静かにげた。

父への謝罪なのか。

への別れなのか。

自分でも分からなかった。

ただ、どうしても言いたいことがあった。

「父ちゃん、ごめんな」

誰もいないに声が響いた。

「俺、何にも分かってなかった」

返事はない。

当然だった。

それでも、しだけ気持ちが軽くなった。

は父を美化するつもりはなかった。

信夫は実際に無だった。

族に説すべきことまで説しないことがあった。

が寂しいとったことも事実だ。

代の辛い経験があったからといって、父の全てが正しかったことになるわけではない。

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ただ、分からなかった部分に理由があった。

たく見えた沈黙のにも、誰にも言わず抱えていた記憶があった。

そして何より、信夫は自分の苦労を族へ背負わせなかった。

「俺は子どもの頃、こんなに苦労した」

そう言って浩を縛ることもなかった。

恩を売るようなこともなかった。

を語らず、ただ働いた。

そしてらない子どもたちへ額のを送り続けた。

「返す相がいないなら、次の子に返せばいい」

その文に、父のき方が全て表れているように浩った。

受け取ったものを、自分ので止めない。

見返りを求めない。

を覚えてもらおうともわない。

、12歳の信夫へべ物を渡したたちも、きっと同じだったのだろう。

そのたちが渡したおにぎりや古着が、何になって別の子どもへつながっていた。

藤田器でテレビが1台売れる。

100円が積みてられる。

蔵庫が売れる。

また100円。

洗濯なら50円。

誰も気づかないさな流れが、何も続いていた。

の取り壊しの

が壁を崩すのを、浩れた所から見ていた。

板がされた。

「藤田器」の文字が面へろされた。

、父のそのものだったがなくなっていく。

寂しさはあった。

しかし議と、しいだけではなかった。

箱はもう浩にある。

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写真も。

帳も。

父が言葉にしなかったも。

はなくなっても、それらまで消えるわけではなかった。

391010のことを、浩を取ってからも何度もした。

京オリンピックの会式。

あのが同じ方向を見ていたようにじられた。

戦争が終わって19

々は貧しかった代からしずつ抜けし、しい暮らしをにし始めていた。

備され、鉄が伸び、にはが増えた。

京には世界から々が集まった。

の丸を振る

テレビので拍をする

涙を流す

それぞれが、自分なりのいで会式を見ていた。

藤田器の先にも、くのが集まった。

テレビを持っていない老

買い物の途だった主婦。

仕事をめに切りげた職

子どもたち。

信夫は、そのたちのためにきな受像した。

会式くらいは、テレビのない緒に見ればいい」

の浩には、何気ない言葉に聞こえた。

今なら、その言葉にも父らしさをじる。

自分だけが持っているなら、し分ければいい。

べ物なら分ける。

なら渡す。

テレビなら、持っていない緒に見る。

かつて5で1つの芋を分けたは、になってもその覚を忘れていなかった。

しかし自分自は、会式を見なかった。

からきな歓声が聞こえていた。

本選団が国競技へ入し、々が「本もここまで来た」

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