"消された母の名前" 第4話
里美に黙って、直子を訪ねていた。
「私を産んだのは、あなたですか」
直子はすぐに答えなかった。
窓ので、職員が収穫した茄子を籠へ入れている。誰かが笑う声が聞こえた。
「はい」
直子は静かに言った。
里美は膝のでを握った。
予していた。
それでも実際に答えを聞くと、胸のへたい物が入った。
「どうして、母の名が清子になったんですか」
「清子姉さんが、あなたを育てたからです」
「育てたと、産んだは違うでしょう」
「昔は、今よりずっと……」
「昔だから、何をしてもいいの?」
直子はうつむいた。
「よくありません」
里美は自分の声がきくなっていることに気づいた。
施設の職員がしれた所から様子を見ていた。
声を抑えた。
「私の父親は誰ですか」
「りません」
「らない?」
「名はっています。でも、あなたの父親だと認めたことはありません」
直子が19歳の、元の縫製で働いていた。相はを経営するの男で、すでに婚約者がいた。
直子は結婚できると信じていた。
妊娠を伝えると、男は関係を否定した。
直子が方につきまとったと言い、退職させられた。男の族は、町のできな力を持っていた。
祖父は激した。
「の恥だ」
直子を親戚のいる京へ送り、子どもを産んだらすぐ養子へすよう決めた。
「私は、あなたを放したくありませんでした」
広告
直子が言った。
「でも仕事ももなかった。19歳で、誰も方はいないとっていました」
「清子さんは?」
里美は、あえて母と呼ばなかった。
「姉さんは、最初は父と同じでした。子どもを放して、全部忘れろと言いました」
里美の胸が痛んだ。
清子は最初から、里美を引き取りたいとったわけではない。
「産したあと、私は体調を崩しました。が続いて、く入院しました。そのに、あなたは養子先へ連れていかれることになっていました」
当、清子は父・孝雄と結婚して2目だった。
子どもができず、病院へ通っていた。
養子の話を聞いた孝雄が、里美を自分たちで育てることを提案した。
「孝雄さんが?」
「はい。姉さんは迷っていました。でも、あなたを度抱いたあと、考えを変えたそうです」
戸籍には、清子が実母として届をした。
直子の名でされかけていた類を、庭裁判所の続きを経て訂正した。現代なら許されない方法かもしれないが、当は親族や役所の事も絡み、曖昧なまま処理された部分があった。
「私は退院したあと、あなたを返してほしいと言いました」
直子のが震えていた。
「姉さんは拒みました」
「だからをたの?」
「それだけではありません」
直子は度、目を閉じた。
「私は、姉さんをみました。自分の子どもを奪ったといました。
広告
でも、あなたを連れてどこへくのか聞かれて、答えられなかった」
仕事もまいもない。
父親からの援助もない。
町へ戻れば噂がある。
直子は里美を育てる方法を持っていなかった。
「私は逃げました」
直子は言った。
「あなたからも、姉さんからも、自分がしたことからも」
京で別の男性と結婚したが、子どもはできなかった。結婚活はく続かず、婚は清掃の仕事をしながらで暮らした。
50代での病を患い、仕事を失った。
その頃から、孝雄がを送るようになった。
「清子さんは?」
「姉さんは、私に会いませんでした。おも、孝雄さんを通じて送っていました」
「私の写真を見せたのも父?」
「はい。学の入学式。成式。学の卒業式。あなたが旅会社へ入ったの写真も」
里美は涙がそうになった。
直子は、娘のを写真でっていた。
それでも会いに来なかった。
「どうして度も連絡しなかったの?」
「姉さんと約束したからです」
「どんな約束?」
「あなたが20歳になるまで、会わない。20歳になったら、あなた自に選んでもらう」
里美は顔をげた。
「私は、何も聞いてない」
「姉さんは、話さなかったんですね」
「あなたも、何もしなかった」
直子は黙った。
里美が20歳になった、直子はをいた。だが返事は清子から届いた。
《里美は、あなたのことをりたくないと言っています》
「嘘よ」
里美は言った。
「私は何もらなかった」
直子の目から涙が落ちた。
「そうですか」
「どうして確かめなかったの?」
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
判を押さなかった妻
65歳の佳代は、38年間連れ添った夫・修司から突然、離婚届と一枚の写真を差し出される。 写真に写っていたのは、10歳になる男の子。夫が11年前から外で関係を続けていた女性との子どもだった。 「離婚して、残りの人生は好きに生きたい」 そう言いながら修司は、離婚後も佳代に家に残り、食事や洗濯、薬の管理まで続けるよう当然のように求めてくる。 しかし佳代は、すぐには判を押さなかった。 悲しくて離婚できなかったわけではない。夫が隠してきた金の流れ、削られていた義母の施設費、そして“新しい人生”の裏にある都合のいい計画を、すべて明らかにするためだった。 38年間尽くしてきた妻が、最後に守ろうとしたものとは――。人生逆転|夫婦|熟年離婚1.9萬字5 0 -
完結第13話
「田舎者」と見下した婚約者を実家へ招いたら、態度が一変した
地味で素朴なまゆは、恋人・光希から突然プロポーズされる。 しかし彼と女社長の母は、結婚相手を「家政婦」として値踏みし、田舎育ちのまゆを見下していた。そんな二人を実家へ招待すると、専属運転手、大豪邸、ワインセラー、ヘリポートまで現れ態度が一変。 だが、本当の審査はここからだった――。人生逆転|夫婦1.9萬字5 14 -
完結第10話
「俺の子じゃない」と言った夫へ、99.999%の鑑定結果を見せた日
命懸けで娘を産んだサツキに、夫・慶一が放ったのは「俺の子じゃない。DNA鑑定しろ」という非情な一言。さらに義母と義妹まで押しかけ、浮気女と決めつけ300万円の慰謝料を要求する。 しかしサツキは静かに一枚のDNA鑑定書を差し出した。 親子関係99.999%――そして次に彼女がテーブルへ並べたのは、夫が決して知られたくなかった“大量の写真”だった。 本当に裏切っていたのは、一体誰なのか――。人生逆転|真実1.6萬字5 0 -
完結第29話
車に私の席はなかった
正月十日の夕方。 68歳の小林はる子は、家族で焼肉へ行くため玄関に立っていた。 しかし息子・直哉は冷たく言った。 「母さん、車に乗れないから来なくていい」 四人を見送った夜、一本の電話が入る。 「はる子さん、寝たきりだって聞いていたけど……」 親戚には“認知症で入院中”と説明され、役所には要介護認定まで申請されていた。 さらに書類には―― 「認定が下り次第、田舎のマンションを売却」 翌朝には施設の迎え。 出発前に通帳と実印を探すという予定まで残されていた。 しかも、家の頭金として渡した1200万円は住宅購入に一円も使われず、嫁・絵理の父が経営する会社へ流れていた。 なぜ家族は、はる子を“認知症”に仕立てようとしたのか。 車にも、食卓にも席を与えられなかった母が、自分の人生を取り戻すため静かに反撃を始める――。親子関係4.3萬字5 125 -
完結第8話
孫の一言で、三億円の家を売りました
72歳の和子は、7歳の孫が配達員に「お金を払ってるんだから、ありがとうって言わなくてもいい」と言うのを聞き、言葉を失った。さらに48歳の息子・健一まで「間違ってない」と笑う。健一一家が12年間家賃0円で暮らしている一戸建ては、和子が1億4800万円で購入した和子名義の家。今では査定額が約3億円になっていた。ところが健一は、その家を当然のように「自分の家」と呼び、「どうせ将来俺が相続するんだから、名義を変えてもいいだろ」と言い始める。息子の言葉を聞いた夜、和子は1人で不動産会社に電話をかけた。12年間「家族だから」と与え続けてきた母親が、初めて大きな決断を下そうとしていた。因果応報|親不孝|親子関係|金銭問題1.2萬字5 12 -
完結第14話
一杯の鍋が変えた人生
柏優太は、職場でのパワハラが原因で心を壊し、半年間ほとんど誰とも話さず部屋に閉じこもっていた。 そんなある日、隣に引っ越してきた母子3人の姿を見かける。 「何も買えなくてごめんね」と泣く母親と、空腹を我慢する子供たち。 過去に大切な友人を救えなかった後悔を抱えていた優太は、思わず声をかける。 「よかったら……うちで鍋しませんか」 一杯の鍋をきっかけに、孤独だった男と傷ついた母子の人生が少しずつ変わり始める。 しかし、温かな時間の裏には、母親が隠していた過去と、子供たちを取り戻そうとする元夫の存在があった。 誰かを救おうとした優太が、実は自分自身も救われていた――。 小さな優しさから始まった、再生と家族の物語。人生逆転|第二の人生|親子関係2.2萬字5 293 -
完結第11話
一つの証拠が暴いた8年間の嘘
八年前、誰にも期待されず、孤独な海外勤務へ送られた男――朝倉洋一。 灼熱のインドで技術を磨き、ただひたすら努力を重ねた彼は、八年ぶりに日本へ帰還する。 しかし、待っていたのは栄光ではなく、同僚からの侮辱と冷たい視線だった。 そんな彼の前に現れたのは、かつて突然姿を消した初恋の女性・七瀬美咲。 「契約の鬼」と恐れられる彼女が、なぜ一介の技術者である朝倉だけを選んだのか――。 やがて社内で発生した機密情報流出事件。 犯人に仕立てられ、すべてを失いかけた朝倉を救ったのは、遠い異国で築いた一つの友情だった。 裏切り、嫉妬、そして八年越しの想い。 忘れられた男の本当の価値が、今、世界を変える。因果応報|人生逆転1.7萬字5 291 -
完結第16話
閉ざされた玄関の暗証番号
田園調布の豪邸で暮らす田中勇気と妻・桜。勇気は一人暮らしになった母・澄子を思い、妹の弓とともに同居を始める。しかし、その優しさは次第に家族の境界線を曖昧にしていった。 勇気が海外出張中、桜は高熱で倒れながらも義母の来客対応を強いられる。初めて「できません」と拒んだ彼女に、澄子は怒りを募らせ、桜本人の意思を無視して荷物をまとめ、家から追い出してしまう。 夫に心配をかけまいと黙って耐える桜。しかし異変を感じた勇気は急いで帰国し、隠されていた真実を知る。 妻を守れなかった自分の過ち、そして母が家族への感謝を「支配する権利」と勘違いしていたことに気づいた勇気は、家族の在り方を見直す決断をする。 本当の家族とは何か。愛情と依存の違いを描く、再生と絆の物語。嫁姑|第二の人生|修羅場2.4萬字5 189