みかん小説
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"優しい彼の家族計画" 第11話

私はかつて言われた言葉をした。

「私は所詮、なのでしょう。なぜあなたの両親を介護するのですか?」

元夫はしばらく黙った、以の言葉は自分が悪かったと謝った。

そして、へ戻ってきてほしいと頼んだ。

私は受話器を握り直した。

族を盾にを巻き込まないでください。私にはもう関係ありません」

そう伝えて話を切った。

から聞いたところでは、義姉の慰謝料と借に義両親の老が使われたという。

事のできない義姉に代わって義母がすべてを担い、では争いが絶えなくなった。

義両親は義姉の慰謝料や借の支払いを助け、老のために残していたおを失った。

元夫も策にったが、義姉は働かず、以と同じように振るい続けた。

その労とストレスで、義父は脳梗塞を起こした。

元夫も介護費用を面しようとしたが、義姉はわがままを続け、活を改めなかった。

義父を病していた義母も疾患で倒れ、2とも宅介護が必になった。

を失ったため、料施設にも入れられなかった。

介護状態として施設へ入れる段階でもなく、族が宅で支えるしかない状況だった。

元夫は、かつてと切り捨てた私へ、その負担を押しつけようとしたのだ。

宅介護しか選べない状況になっても、義姉は自分の役割を果たそうとしなかったという。

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私は息子の寝顔を見つめ、話を放した。

もう義族の問題へ戻ることはない。

私にとって守るべき族は、今ここできる息子だった。

また別の、28歳だった私は、父をくしたも母と実で暮らしていた。

は祖父母が残した古いで、母と2で暮らすには広すぎるほどだった。

父が回りを改修してくれていたため、古くても活には困らなかった。

父の闘病、私は気持ちをき残すため、匿名のブログを始めた。

父がをかけてっていく姿を見ることはつらかった。

しかし、病を続ける母は私以につらいとい、には音を吐けなかった。

病院での来事や治療の経過、父から言われた言葉を記のようにき残した。

そこへ丁寧な励ましを送り続ける、4歳の男性が現れた。

ブログには、同じ経験をしたから入院に必な物や族への接し方について助言も届いていた。

彼も最初は、そんな読者の1にすぎなかった。

彼も母親を病気でくしたと語り、私のしみを理解してくれた。

コメントからXのDM、LINEへとやり取りが移り、父がくなったに初めて会った。

文章は毎回丁寧で、必に踏み込まず、私の気持ちをくみ取ってくれるようにじた。

の私は精神り、では母を支えなければならないとっていたため、彼だけが本音を話せる相になっていた。

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彼は画像どおり穏やかで、私の話を遮らずに聞いた。

私たちは交際を始め、彼はで1かけて会いに来た。

の仕事帰りに事をするためだけに来ることもあり、休には母も緒に事へ誘ってくれた。

私は彼をいやりのあるの男性だと信じた。

交際から4かほどたった頃、彼は刻な顔で私を見た。

「姉が夫からDVを受けている。娘と緒に、しだけ君のへ置いてもらえないだろうか」

彼は姉が以にも自分のへ逃げてきたが、夫に連れ戻されたと説した。

幼い娘のためにも逃げたいと望んでおり、して眠れる所が必だという。

私は警察や支援施設への相談を勧めた。

彼は首を横に振り、姉はらない環境では活できないと説した。

代や職でも関係につまずき、引きこもった期があるため、支援施設では暮らせないと話した。

姉の夫は私たちのらず、れているから見つからないとも言った。

私は母へ相談し、幼い子供の全を考えて受け入れることにした。

母は最初、らない親子をへ入れることにく反対した。

それでも私は切迫した事を説し続け、子供を守るためだと母を説得した。

彼の姉は目を赤くし、幼稚園児の娘ときな荷物を持ってやってきた。

最初の数は静かだった。

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