"ラジオの涙" 第8話
修理へ持っていっても、交換部品がないと言われた。
「もう処分してもいいんじゃない?」
節子が慮がちに言うと、子はラジオをしばらく見つめた。
「お父さんなら、捨てるなと言うでしょうね」
健は裏板をし、内部を確認した。埃の積もった配線のから、さく折り畳まれたがてきた。
そこには正の字で、族の名がかれていた。
『子。何も聞かずに隣で放送を聞いてくれた』
『健。過ではなく、今の族も見ろと教えた』
『節子。毎朝、笑って学へった』
そして最に、こう続いていた。
『午8。今も全員が帰ってきた。これ以のことはない』
健は何度もその文を読み返した。
子どもの頃、父が毎晩泣いているのを見て、戦争のしみに囚われただとっていた。父は今の活を見ず、帰らない友だけを待ち続けていると責めたこともあった。
しかし父は、帰らなかったをいながら、同に帰ってきた族を確かめていたのだ。
午8は、佐藤の全員がの用事を終え、ちゃぶ台の周りへ集まる刻だった。正は報を聞くたび、今も族が無事に帰ってきたことを胸に刻んでいた。
だから正の涙には、つだけのがあったわけではない。
置いてきた茂への悔い。消息の分からないへの責任。放送で名を呼ばれる無数の々への痛み。
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そして、戦争が終わり、自分が夫となり、父となり、族と同じ根ので夜を迎えられることへの堵。
しみと謝は、別々の涙ではなかった。
健はラジオを処分せず、自宅へ持ち帰った。専の修理職を探し、古い部品をつずつ交換してもらった。
数か、ラジオから再び音が流れた。以よりしこもった音だったが、報もニュースも聞くことができた。
815、健は母や妻、子どもたちをへ呼んだ。正午には戦争でくなった々へ黙祷を捧げ、父が玉音放送を聞いたのことを話した。
その夜、午8になると、健はでラジオのへ座った。
報が部へ響いた。台所では妻が器を片づけ、隣から孫たちの笑い声が聞こえる。老いた子は子に腰掛け、静かに目を閉じていた。
健の目にも、自然と涙が浮かんだ。
「お父さん、泣いてるの?」
幼い孫に尋ねられ、健は瞬、父と同じ言葉をにしそうになった。
煙が目に入っただけだ。
しかし、部には煙などなかった。健はごまかさず、孫を膝へ呼んだ。
「嬉しいから泣いているんだよ」
「何が嬉しいの?」
「今も、みんながここに帰ってきたことが」
孫はよく分からない顔をしながらも、健の隣へ座った。
健は父の物語をしずつ話し始めた。茂という若者がいたこと。妹のを切にしていたこと。
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終戦の、父が駅の防空壕跡でラジオを聞き、初めてをきてもよいとえたこと。
戦争を派な物語にはしなかった。誰かの犠牲があったから今の幸せがある、と単純に美化することもしなかった。
ただ、帰れなかったにも、待っている族と、い描いていたがあったことを伝えた。そして平穏な夜を当たりだとわないために、父が毎ラジオへを澄ませていたことを話した。
やがて子が静かに笑った。
「お父さんはね、本当は泣き虫だったのよ。でも、泣いているところを見られるのが恥ずかしくて、いつもラジオの方を向いていたの」
族のに穏やかな笑いが広がった。
古いラジオは、そのも健のに残された。毎つけることはなくなったが、815と、族にとって切なには必ず源を入れた。
正が守り続けたものは、戦争の記憶だけではなかった。命令や憎しみではなく、もう度誰かをし、へ帰り、を待ってもよいとえた瞬だった。
は、きな来事だけを支えにきるわけではない。
夕の湯気。子どもが玄関をける音。妻が縫い物をする姿。決まった刻に聞こえる報。そんなさな常が、かつて失われかけたにとっては、きて帰った証になることがある。
父が毎晩ラジオので流していた涙は、戦争を懐かしむ涙ではなかった。
帰れなかったの名を忘れないための涙であり、今も自分の族が無事に帰ってきたことを確かめる涙だった。
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